・・・ 即ち死ちょうことに伴なう諸種の事情である、其二三を挙ぐれば、天寿を全うして死ぬのでなく、即ち自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾其他の原因から夭折し、当然享くべく味うべき生を、享け得ず味わい得ざるを恐るるのである、来世の迷信から其妻子・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・の狼狽えるを、知らぬ知らぬ知りませぬ憂い嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様聖天様不動様妙見様日珠様も御存じの今となってやみやみ男を取られてはどう面目が立つか立たぬか性悪者めと罵られ、思えばこの味わいが恋の誠と俊雄は精一杯小春をなだめ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ その時、ふっと私は、久方振りで、涼しい幸福感を味わいました。 その夜おそく、私は夫の蚊帳にはいって行って、「いいのよ、いいのよ。なんとも思ってやしないわよ。」 と言って、倒れますと、夫はかすれた声で、「エキスキュウズ、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・その一句に、匂わせて在る心理の微妙を、私は、くどくどと説明したくないのですが、読者は各々勝手に味わい楽しむがよかろう。なかなか、ここは、いいところなのであります。また、劈頭の手紙の全文から立ちのぼる女の「なま」な憎悪感に就いては、原作者の芸・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・高橋は静かに、謂わば、そろそろと、狂っていったのである。味わいの深い狂いかたであると思惟いたします。ああ。あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦できる程度に修行した・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・さらさらひらひら、と低く呟いてその形容を味わい楽しむみたいに眼を細めていらっしゃる、かと思うと急に、いや、まだ足りない、ああ、雪は鵝毛に似て飛んで散乱す、か。古い文章は、やっぱり確実だなあ、鵝毛とは、うまく言ったものですねえ、和子さん、おわ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・一つは年の若かったせいでもあろうが、その時の心持はおそらくただ選ばれたごく少数の学者芸術家あるいは宗教家にして始めて味わい得られる種類のものであったろう。三 アインシュタインの人生観は吾々の知りたいと願うところである。しかし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
一 芭蕉の「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」はあまりに有名で今さら評注を加える余地もないであろうが、やはりいくら味わっても味わい尽くせない句であると思う。これは芭蕉の一生涯の総決算でありレジュメである・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・ 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・日常人事の交渉にくたびれ果てた人は、暇があったら、むしろ一刻でも人寰を離れて、アルプスの尾根でも縦走するか、それとも山の湯に浸って少時の閑寂を味わいたくなるのが自然であろう。心がにぎやかでいっぱいに充実している人には、せせこましくごみごみと・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫