・・・その二、三をあげれば、天寿をまっとうして死ぬのでなく、すなわち、自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾その他の原因から夭折し、当然うけるであろう、味わうであろう生を、うけえず、味わいえないのをおそれるのである。来世の迷信から、その妻子・眷属に・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・借衣すれば、人みな借衣に見ゆる哉。味わうと、あわれな狂句です。 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・熊本君は、私たち二人に更に大いに喧嘩させて、それを傍で分別顔して聞きながら双方に等分に相槌を打つという、あの、たまらぬ楽しみを味わうつもりでいるらしかった。佐伯は逸早く、熊本君の、そのずるい期待を見破った様子で、「君は、もう帰ったらどう・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・なかにも、あれあの八百屋お七の物語を聞いたときの感激は私は今でもしみじみ味わうことができるのでございます。そしてまた、婆様がおたわむれに私を「吉三」「吉三」とお呼びになって下さった折のその嬉しさ。らんぷの黄色い燈火の下でしょんぼり草双紙をお・・・ 太宰治 「葉」
・・・ダンテの地獄篇を経て、天国篇まで味わうことのできた人。また、ファウストのメフィストだけを気取り、グレエトヘンの存在をさえ忘れている復讐の作家もある。私には、どちらとも審判できないのであるが、これだけは、いい得る。窓ひらく。好人物の夫婦。出世・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 問題の句を味わうために、私の知りたいと思った事は、冬季伊吹山で雨や雪の降る日がどれくらい多いかという事であった。それを知るに必要な材料として伊吹山および付近の各地測候所における冬季の降水日数を調べて送ってもらった。その詳細の数字は略す・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ 四 その夜の真心 前説と同様な意味で、この映画はたとえ何十回競馬を見物に行っても味わうことの六かしいと思われる競馬というスポーツの最高度のスリルを味わわせる映画で、すべての物語の筋道などは、ただこのクライマックス・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・そう想像することによって隊員の忍苦の長い時間的経過を味わうことができる。 バードが極飛行から無事に屯営に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・だけならば、美しい感傷を味わうだけのゆとりがある。しかしそれを「見せられる」のでは、刺激があまりに強すぎて、もはや享楽の領域を飛び出してしまう恐れがあるのではないかと思われる。 十三 血煙天明陣 この映画は途中から見・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・情を働かす人は、物の関係を味わう人で俗にこれを文学者もしくは芸術家と称えます。最後に意を働かす人は、物の関係を改造する人で俗にこれを軍人とか、政治家とか、豆腐屋とか、大工とか号しております。 かように意識の内容が分化して来ると、内容の連・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫