・・・と、どこか高いところから、「自分が耽溺しているからだ」と、呼号するものがあるようだ。またどこか深いところから、「耽溺が生命だ」と、呻吟する声がある。 いずれにしても、僕の耽溺した状態から遊離した心が理屈を捏ねるに過ぎないのであっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・平たくいうと、当時は硯友社中は勿論、文学革新を呼号した『小説神髄』の著者といえども今日のように芸術を深く考えていなかった。ましてや私の如きただの応援隊、文壇のドウスル連というようなものは最高文学に対する理解があるはずがなかった。面白ずくに三・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・無理想を呼号したのも、偶然でなかった。男女関係は欲望の充塞以外にないとも言った。その思想には、人間性の飛躍も、向上も無視した誤謬はあったが、これがために、恋愛至上といった、空想は破れたのである。そして、人間生活を現実的に、実際的に凝視せしむ・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・人工的に幾ら声を嗄らして天下に呼号してもほとんど無益かと考えます。社会が文芸を生むか、または文芸に生まれるかどっちかはしばらく措いて、いやしくも社会の道徳と切っても切れない縁で結びつけられている以上、倫理面に活動するていの文芸はけっして吾人・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・一人の将軍が戦争の時流に乗じたあまり、諸君は地球の引力を否定した武器を発明すべきである、と呼号したりした場合、その言動は人間的非合法なのである。封建の専制支配を堅めるために作られた日本の治安維持法は、制定されるとき、山本宣治の血を流したばか・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・謂わば天下に呼号して、旁ら石田をして聞かしめんとするのである。 言うことが好くは分からない。一体この土地には限らず、方言というものは、怒って悪口を言うような時、最も純粋に現れるものである。目上の人に物を言ったり何かすることになれば、修飾・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫