・・・二人が話をしていると、戸外にはときどき小さい呼子のような声のものが鳴いた。 十一時になって折田は帰って行った。帰るきわに彼は紙入のなかから乗車割引券を二枚、「学校へとりにゆくのも面倒だろうから」と言って堯に渡した。 ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・猟師は岩に腰を掛けて煙草を二、三ぶく吸っていたが谷の方で呼び子の笛が鳴るとすぐ小藪の中に隠れてどこかに行ってしまった、僕も急いで叔父さんのところへ帰って来ると、『どうだ、取れていたか、そうだろう、今に見ろここで大きな奴を打って見せるから・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・間もなく駆け来る列車の一隅に座を構えて煙草取り出せばベルの音忙しく合図の呼子。汽笛の声。熱田の八剣森陰より伏し拝みてセメント会社の煙突に白湾子と焼芋かじりながらこのあたりを徘徊せし当時を思い浮べては宮川行の夜船の寒さ。さては五十鈴の流れ二見・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ところがおかしいことは、先生がいつものキラキラ光る呼子笛を持っていきなり出入口から出て来られたのです。そしてわらって「みなさんお早う。どなたも元気ですね。」と云いながら笛を口にあててピルと吹きました。そこでみんなはきちんと運動場に整列し・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現さまの尾っぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポをかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・けれどもそのときはもう硝子の呼子は鳴らされ汽車はうごき出しと思ううちに銀いろの霧が川下の方からすうっと流れて来てもうそっちは何も見えなくなりました。ただたくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らしてその霧の中に立ち黄金の円光をもった電気栗鼠が・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 四方から集って来た八本の架空線が、空の下で網めになって揺れている下では、ゲートルをまきつけた巡査が、短い影を足許に落し、鋭く呼子をふき鳴しながら、頻繁な交通を整理している。 のろく、次第にうなりを立てて速く走って行く電車や、キラキ・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫