・・・ 父の言葉は茫然とした彼を現実の世界へ呼び戻した。父は葉巻を啣えたまま、退屈そうに後ろに佇んでいる。玩具屋の外の往来も不相変人通りを絶たないらしい。主人も――綺麗に髪を分けた主人は小手調べをすませた手品師のように、妙な蒼白い頬のあたりへ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・彼はSを呼び戻し、甲板の上に立たせたまま、彼等の問答の意味を尋ね出した。「輸入とは何か?」 Sはちゃんと直立し、A中尉の顔を見ていたものの、明らかにしょげ切っているらしかった。「輸入とは外から持って来たものであります。」「何・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・早よ呼び戻したらえいわ。」「うむ。」「分に過ぎるせに、通っとっても、やらん方がえいじゃけれど……」とおきのは独言った。 暫らくして、「そんなら、呼び戻そうか。」と源作は云った。「そうすりゃえいわ。」おきのはすぐ同意した。・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・いや、僕もこんどの戦争では、ひどいめに遭いましてね、結婚してすぐ召集されて、やっと帰ってみると家は綺麗に焼かれて、女房は留守中に生れた男の子と一緒に千葉県の女房の実家に避難していて、東京に呼び戻したくても住む家が無い、という現状ですからね、・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・「お帰りがけをわざわざお呼び戻しいたして済みません。実は存じ寄らぬことが出来まして」待ち構えていた川添のご新造が、戻って来た客の座に着かぬうちに言った。「はい」長倉のご新造は女主人の顔をまもっている。「あの仲平さんのご縁談のこと・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫