・・・弟はまたそれが不愉快でたまらないのだけれども、兄が高圧的に釣竿を担がしたり、魚籃を提げさせたりして、釣堀へ随行を命ずるものだから、まあ目を瞑ってくっついて行って、気味の悪い鮒などを釣っていやいや帰ってくるのです。それがために兄の計画通り弟の・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・所謂柔和忍辱の意にして人間の美徳なる可しと雖も、我輩の所見を以てすれば夫婦家に居て其身分に偏軽偏重を許さず、婦人に向て命ずる所は男子に向ても命ず可し。故に前文を其まゝにして之を夫の方に差向け、万事妻を先にして自分を後にし、己れに手柄あるも之・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・誓えば藩政の改革とて、藩士一般に倹約を命ずることあり。この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を許すなどと命を出すゆえ、その命令は一藩経済のため歟、衣冠制度のため歟、両様混雑して分明ならず。恰も倹約の幸便に格式りき・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・女子が生涯娘なれば身は却て安気なる可きに、左りとては相済まずとて結婚したるこそ苦労の種を求めたるに似たれども、男女家に居るは天然の命ずる所にして、其居家の楽しみは以て苦しみを償うて余りある可し。故に結婚は独身時代の苦楽を倍にするの約束にして・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・依って今日より七日間当ムムネ市の街路の掃除を命ずる。今後はばけもの世界長の許可なくして、妄りに向う側に出現することはならん。」「かしこまりました。ありがとうございます。」「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは互に・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 運命の命ずるままに引きずられて、しかも益々苦痛な、益々暗澹たる生活をさせられる我身を、我と我手で鱠切りにして大洋の滄い浪の中に投げて仕舞いたかった。 始めの間は、家、子供、妻と他人の事ばかり思って居た栄蔵は、終に、自分自身の事ばか・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 人として更たまった、身も震うような新鮮な意気と熱情とを以て人として生き抜こう為に、箇性の命ずる方向に進展して行こうとする女性の希望と理想とは、真実に深く激しいものである。 確かりと自分の足で、この大地を踏まえて行く生活! 今まで項・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・秀麿が為めには、神話が歴史でないと云うことを言明することは、良心の命ずるところである。それを言明しても、果物が堅実な核を蔵しているように、神話の包んでいる人生の重要な物は、保護して行かれると思っている。彼を承認して置いて、此を維持して行くの・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・に捧げよと命ずる。すべての詔勅もまたこの精神によって人々の範とすべき道を説いている。皇室はこの「道」の代表者である。父が宣伝しようとするのはこの事の他にない。 そこで小生は父が上京してこの宣伝を始めた場合のことを想像して見た。かりに父が・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・かくのごとくして吾人は心霊の命ずるがままに現世に行動したい、これが吾人の主義である。五「絶対に物質を超越し絶対に霊に執着せよ」との主義はあまりに漠然たるものである。絶対の物質超越は死に至る。吾人は死を辞せない、死を恐れない。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫