・・・がこの道楽気の増長した時に幸に行って来いという命令が下ればちょうど好いが、まあたいていはそう旨くは行かない。云いつかった時は多く歩きたくない時である。だから歩かないで用を足す工夫をしなければならない。となると勢い訪問が郵便になり、郵便が電報・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終った時に、重吉の勇気は百倍した。彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越えて敵の大軍中に跳び降りた。 丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲し・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・「明日でもいいでしょう、と云ったんだが、どうしても直ぐにって署長の命令だからね、済まないが、直ぐに来て貰いたいんだ。直ぐに帰すからね」 中村は、こう云うと、又煽ぎ立てた。「何しろ夜中じゃしようがないよ。子供を手離せないもんだ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・妾を飼い外に賤業婦を弄ぶのみか、此男は某地方出身の者にて、郷里に正当の妻を遺し、東京に来りて更らに第二の妻と結婚して、所謂一妻一妾は扨置き、二妻数妾の滅茶苦茶なれば、子供の厳父に於ける、唯その厳重なる命令に恐入り、何事に就ても唯々諾々するの・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・と云って命令した時には、全く仕舞う時節が有るだろうと思ったね。――その解決が付けば、まずそのライフだけは収まりが付くんだから。で、私の身にとると「くたばッて仕舞え!」という事は、今でも有意味に響く。そこでこの心持ちが作の上にはどう現れている・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ただこの後の処分がどうであろうという心配が皆を悩まして居る内に一週間停船の命令は下った。再び鼎の沸くが如くに騒ぎ出した。終に記者と士官とが相談して二、三人ずつの総代を出して船長を責める事になった。自分も気が気でないので寐ても居られぬから弥次・・・ 正岡子規 「病」
・・・あしたからはみんな、おれの命令にしたがうんだぞ。いいか。」「仕方ありません。」とみんなは答えました。すると、とのさまがえるは立ちあがって、家をぐるっと一まわしまわしました。すると酒屋はたちまちカイロ団長の本宅にかわりました。つまり前には・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・を強くもっていて、やはり命令者としての感情を捨てきらない若い男子たちもある。中には折角組合が自分たち働く者の全体としての条件の一つとしてかちとった婦人の生理休暇について、婦人たちを恥かしがらせるような批評をする人さえもある。実際今日組合は、・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・掛布団もない寝台の上でそのまま待てとは女の心を知らない命令であったかも知れない。 女は寝た。「膝を立てて、楽に息をしてお出」 と云って、花房は暫く擦り合せていた両手の平を、女の腹に当てた。そしてちょいと押えて見たかと思うと「聴診・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこの光景を見まもった。海の力と戦う人間の姿。……集中と純一とが最も具体的な形に現われている。……力の充実……隙間のない活動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫