・・・立廻の間に帯が解け襦袢一枚になった女を押えつけてナイフで乳をえぐったり、咽喉を絞めたりするところは最も必要な見世場とされているらしい。歌舞伎劇にも女の殺される処は珍しくないがその洗練された芸風と伴奏の音楽とが、巧みに実感を起させないようにし・・・ 永井荷風 「裸体談義」
汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七条のプラットフォームの上に振り落す。余が踵の堅き叩きに薄寒く響いたとき、黒きものは、黒き咽喉から火の粉をぱっと吐いて、暗い国へ轟と去った。 たださえ京は淋しい所である。原に真葛、・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・いくら咽喉を絞り声を嗄らして怒鳴ってみたってあなたがたはもう私の講演の要求の度を経過したのだからいけません。あなた方は講演よりも茶菓子が食いたくなったり酒が飲みたくなったり氷水が欲しくなったりする。その方が内発的なのだから自然の推移で無理の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・と同時に腹ん中の一切の道具が咽喉へ向って逆流するような感じに捕われた。然し、 然し今はもう総てが目の前にあるのだ。 そこには全く残酷な画が描かれてあった。 ビール箱の蓋の蔭には、二十二三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向きに横・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・それでも、小さなこどもらは寒がって、赤くはれた小さな手を、自分の咽喉にあてながら、「冷たい、冷たい。」と云ってよく泣きました。 春になって、小屋が二つになりました。 そして蕎麦と稗とが播かれたようでした。そばには白い花が咲き、稗は黒・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・おい、みんな、これはきたいなもんだよ。咽喉へはいると急に熱くなるんだ。ああ、いい気分だ。もう一杯下さいませんか。」「はいはい。こちらが一ぺんすんでからさしあげます。」「こっちへも早く下さい。」「はいはい。お声の順にさしあげます。・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 昨夜たてたYの咽喉の魚の骨まだとれず、頻に気にしている。鹿野医院へ行ったが日曜で留守。もう一軒、あっちの桜並木通りの医者へ行った。やや暫くして、骨はとれずぷりぷりして帰って来た。洋館まがいの部屋などあるが、よぼよぼのまやかし医者で、道・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・まして長い禁止の後に、また発表されはじめた小説であったから、表現が制限されて、今読みかえすと感動で咽喉がつまって声も言葉ものびのびとはでていない。このわかりにくい程気をつかったいいまわしや、省略にもかかわらず、これが文芸に発表されたときは、・・・ 宮本百合子 「「広場」について」
・・・が、便所へ行く筈だったと気が附くと、裾を捲って裏口へ行きかけたが、台所の土瓶が眼につくと、また咽喉が渇いているのに気がついた。彼女は土瓶を冠って湯を飲んだ。そこへ勘次が安次を連れて這入って来た。「秋公いるかな?」「お前今日な、馬が狸・・・ 横光利一 「南北」
・・・ やはり吉は黙って湯をごくりと咽喉へ落し込んだ。「うむ、どうした?」 吉が何時までも黙っていると、「ははア分った。吉は屋根裏へばかり上っていたから、何かしていたに定ってる。」 と姉は言って庭へ降りた。「いやだい。」と・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫