・・・そこの角にある店蔵が、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋になっている。――その唐物屋の飾り窓には、麦藁帽や籐の杖が奇抜な組合せを見せた間に、もう派手な海水着が人間のように突立っていた。 洋一は唐物屋の前まで来ると、飾り窓を後に佇みながら・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 三 ライオンを出てからは唐物屋で石鹸を買った。ちぐはぐな気持はまたいつの間にか自分に帰っていた。石鹸を買ってしまって自分は、なにか今のは変だと思いはじめた。瞭然りした買いたさを自分が感じていたのかどうか、自分にはど・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・床の軸は大きな傅彩の唐絵であって、脇棚にはもとより能くは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて、其上に、これは倭物か何かは知らず、由緒ありげな笛が紫絹を敷い・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・現に唐物屋というものはこの間まで何でも売っていた。襟とか襟飾りとかあるいはズボン下、靴足袋、傘、靴、たいていなものがありました。身体へつけるいっさいの舶来品を売っていたと云っても差支ない。ところが近頃になるとそれが変ってシャツ屋はシャツ屋の・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・本を見ている間に彼はもう唐物店の飾まどの前にすいつけられて居た。私は袖を引っぱって又手をつかまえた。こんどは同じ通りの中西屋に入って本をきいた。手をはなしたもんだから又彼はまわりどうろうのように一つところをぐるぐるまわりして居る。私はもう気・・・ 宮本百合子 「心配」
出典:青空文庫