・・・ Mは唐突とこんなことを尋ねた。「まだだ。君は?」「僕か? 僕は……」 Mの何か言いかけた時、僕等は急に笑い声やけたたましい足音に驚かされた。それは海水着に海水帽をかぶった同年輩の二人の少女だった。彼等はほとんど傍若無人に僕・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・それが何故か唐突と、洋一の内に潜んでいたある不安を呼び醒ました。兄は帰って来るだろうか?――そう思うと彼は電報に、もっと大仰な文句を書いても、好かったような気がし出した。母は兄に会いたがっている。が、兄は帰って来ない。その内に母は死んでしま・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それがあまり唐突だったので、技師はちょいと驚いたが、相手の少佐が軍人に似合わない、洒脱な人間だと云う事は日頃からよく心得ている。そこで咄嗟に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直す・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ K君の言葉は唐突だった。のみならず微笑を含んでいた。新時代? ――しかも僕は咄嗟の間にK君の「新時代」を発見した。それは砂止めの笹垣を後ろに海を眺めている男女だった。尤も薄いインバネスに中折帽をかぶった男は新時代と呼ぶには当らなかった・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・無論この夫妻が唐突とそんな事をしゃべる道理もないから、声がした事は妙と云えば、確かに妙に違いなかった。が、ともかく、赤帽の見えないのが、千枝子には嬉しい気がしたのだろう。あいつはそのまま改札口を出ると、やはりほかの連中と一しょに、夫の同僚が・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・ と唐突に尋ねた。「ほら、ほら、」 と袂をその、ほらほらと煽ってかかって、「ご存じの癖に、」「どんな婦人だ。」 と尋ねた時、謙造の顔がさっと暗くなった。新聞を窓へ翳したのである。「お気の毒様。」二・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・「吃驚するわね、唐突に怒鳴ってさ、ああ、まだ胸がどきどきする。」 はッと縁側に腰をかけた、女房は草履の踵を、清くこぼれた褄にかけ、片手を背後に、あらぬ空を視めながら、俯向き通しの疲れもあった、頻に胸を撫擦る。「姉さんも弱虫だなあ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 余り唐突な狼藉ですから、何かその縁組について、私のために、意趣遺恨でもお受けになるような前事が有るかとお思われになっては、なおこの上にも身の置き処がありませんから――」 七「実に、寸毫といえども意趣遺恨はあ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と唐突に妙な事を言出した。が、成程、聞く方もその風なれば、さまで不思議とは思わぬ。「いえ、かねてお諭しでもござりますし、不断十分に注意はしまするが、差当り、火の用心と申すではござりませぬ。……やがて、」 と例の渋い顔で、横手の・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ と額にびくびくと皺を刻み、痩腕を突張って、爺は、彫刻のように堅くなったが、「あッはッはッ。」 唐突に笑出した。「あッはッはッ。」 たちまち口にふたをして、「ここは噴出す処でねえ。麦こがしが消飛ぶでや、お前様もやらっ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫