・・・彼等の問答に従えば、第一に彼は死んでいる。第二に死後三日も経ている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦げたことのあるはずはない。現に彼の脚はこの通り、――彼は脚を早めるが早いか、思わずあっと大声を出した。大声を出したのも不思議ではない。折り目・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・我ら会員は年齢順に従い、夫人に憑依せるトック君の心霊と左のごとき問答を開始したり。 問 君は何ゆえに幽霊に出ずるか? 答 死後の名声を知らんがためなり。 問 君――あるいは心霊諸君は死後もなお名声を欲するや? 答 少なくとも・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 直孝はじっと古千屋を見つめ、こういう問答を重ねた後、徐に最後の問を下した。「そちは塙のゆかりのものであろうな?」 古千屋ははっとしたらしかった。が、ちょっとためらった後、存外はっきり返事をした。「はい。お羞しゅうございます・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・ しかし可加減な話だ、今時そんなことがある訳のものではないと、ある人が一人の坊さんに申しますと、その坊さんは黙って微笑みながら、拇指を出して見せました、ちと落語家の申します蒟蒻問答のようでありますけれども、その拇指を見せたのであります。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、「民やは町場者だから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」 それで民子・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 二人はこんな問答もあった。 僕は、帰京したら、ひょッとすると再び来ないで済ませるかも知れないと思ったから、持って来た書籍のうち、最も入用があるのだけを取り出して、風呂敷包みの手荷物を拵えた。 遅くなるから、遅くなるからと、たび・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・文人は文人同志で新思想の蒟蒻屋問答や点頭き合いをしているだけで、社会に対して新思想を鼓吹した事も挑戦した事も無い。今日のような思想上の戦国時代に在っては文人は常に社会に対する戦闘者でなければならぬが、内輪同士では年寄の愚痴のような繰言を陳べ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ そんな問答をくりかえしたあげく、掴み合いの喧嘩になった。運転手は車の修繕道具で彼の頭を撲った。割れて血が出た。彼は卒倒した。 運転手は驚いて、彼の重いからだを車の中へかかえ入れた。 そして天下茶屋のアパートの前へ車をつけると、・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・医師が見える度に問答が始まります。「先生、あなたは暖かくなれば楽になると言われましたが本当ですか。脚が腫れたらもう駄目ではないのでしょうか」「いいえ、そんなことはありません。これから暖くなるのです。今に楽になりますよ、成る丈け安静に・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 二人の問答を聞いているのもおもしろいが、見ているのも妙だ、一人は三十前後の痩せがたの、背の高い、きたならしい男、けれどもどこかに野人ならざる風貌を備えている、しかしなんという乱暴な衣装だろう、古ぼけた洋服、ねずみ色のカラー、くしを入れ・・・ 国木田独歩 「号外」
出典:青空文庫