・・・ただ、幸いにしてこの市の川の水は、いっさいの反感に打勝つほど、強い愛惜を自分の心に喚起してくれるのである。松江の川についてはまた、この稿を次ぐ機会を待って語ろうと思う。 二 自分が前に推賞した橋梁と天主閣とは二つ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・もしこの世の中に、彼等を心から愛する、文学者、芸術家、若くは真理に忠実な科学者がなかったら、何人か、このものいわぬ謙虚な動物に対して、擁護すべく注意を喚起したものがあったでしょう。多くの人間は、動物を人類に隷属するものの如く考えて来た。しか・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・念すべき人である、だからこの画をこの老爺にくれてやって八幡に奉納さすれば、われにもしこの後また退転の念が生じたとき、その八幡に行ってこの画を見て今日のことを思い出せば、なるほどそうだとまた猛進の精神を喚起さすだろう。そうだとこう考えて老爺に・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・義戦争の危機――即ち、三ツの帝国主義ブルジョアジーが××の××的分割をやろうとしていることゝ共に、ソヴェート・ロシアに対する他のもろ/\の帝国主義国家が衝突しようとする危機も迫りつゝあることに、注意を喚起しておきたい。これは、いろ/\な意味・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・高邁ノ精神ヲ喚起シ兄ガ天稟ノ才能ヲ完成スルハ君ガ天ト人トヨリ賦与サレタル天職ナルヲ自覚サレヨ。徒ラニ夢ニ悲泣スル勿レ。努メテ厳粛ナル五十枚ヲ完成サレヨ。金五百円ハヤガテ君ガモノタルベシトゾ。八拾円ニテ、マント新調、二百円ニテ衣服ト袴ト白足袋・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ このはじめて見た文楽の人形芝居の第一印象を、近ごろ自分が興味を感じている映画芸術の分野に反映させることによってそこに多くの問題が喚起され、またその解決のかぎを投げられるように思われる。特に発声映画劇と文楽との比較研究はいろいろのおもし・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・少なくもわれわれ目明きの世界においては、一つの雑音あるいは騒音の聴覚によって喚起される心像は非常に多義的なものである。たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄工場のリベットハマーの音にも類・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかしそれよりも大切なことは、映画の写し出す視覚的影像の喚起する実感の強度が、文字の描き出す心像のそれに比較して著しく強いという事実がこの差別を決定する重要な因子になるのではないかと思われる。 忠犬の死を「読む」だけならば、美しい感傷を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・クティーヴの変更はむしろ平凡なことであって、ある度まではわれわれの目の網膜のスクリーンの上で行なわれている技巧の延長のようなものであり、従ってわれわれに新しく教うるところは僅少であるが、真に驚異の念を喚起して夢にも想像のできない未知の世界を・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・あるいは津田君の画にしばしば出現する不恰好な雀や粟の穂はセザンヌの林檎や壷のような一種の象徴的の気分を喚起するものである。君が往々用いる黄と青の配合までもまた後者を聯想せしめる事がある。このような共通点の存在するのは、根本の出発点において共・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫