・・・大勢の客はその画の中に、たまたま日章旗が現れなぞすると、必ず盛な喝采を送った。中には「帝国万歳」と、頓狂な声を出すものもあった。しかし実戦に臨んで来た牧野は、そう云う連中とは没交渉に、ただにやにやと笑っていた。「戦争もあの通りだと、楽な・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 二 書生の恥じるのを欣んだ同船の客の喝采は如何に俗悪を極めていたか! 三 益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか! 或弁護 或新時代の評論家は「蝟集する」と云う意味に「門前・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ その時幕は悠々と、盛んな喝采を浴びながら、舞台の前に引かれて行った。穂積中佐はその機会に、ひとり椅子から立ち上ると、会場の外へ歩み去った。 三十分の後、中佐は紙巻を啣えながら、やはり同参謀の中村少佐と、村はずれの空地を歩いていた。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采するのさえも忘れていました。「まずちょいとこんなものさ。」 私は得意の微笑を浮べながら、静にまた元の椅子に腰を下しました。「こりゃ皆ほんとうの金貨かい。」 呆気にとられていた・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・勝負がつく度に揚る喝采の声は乾いた空気を伝わって、人々を家の内にじっとさしては置かなかった。 仁右衛門はその頃博奕に耽っていた。始めの中はわざと負けて見せる博徒の手段に甘々と乗せられて、勢い込んだのが失敗の基で、深入りするほど損をしたが・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・鶴とは申せど、尻を振って泥鰌を追懸る容体などは、余り喝采とは参らぬ図だ。誰も誰も、食うためには、品も威も下げると思え。さまでにして、手に入れる餌食だ。突くとなれば会釈はない。骨までしゃぶるわ。餌食の無慙さ、いや、またその骨の肉汁の旨さはよ。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 殺した声と、呻く声で、どたばた、どしんと音がすると、万歳と、向二階で喝采、ともろ声に喚いたのとほとんど一所に、赤い電燈が、蒟蒻のようにぶるぶると震えて点いた。 七 小春の身を、背に庇って立った教授が、見ると・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・何しろ洋楽といえば少数の文明開化人が横浜で赤隊の喇叭を聞いたばかりの時代であったから、満場は面喰って眼を白黒しながら聴かされて煙に巻かれてピシャピシャと拍手大喝采をした。文部省が音楽取調所を創設した頃から十何年も前で、椿岳は恐らく公衆の前で・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・新内の若辰が大の贔負で、若辰の出る席へは千里を遠しとせず通い、寄宿舎の淋しい徒然には錆のある声で若辰の節を転がして喝采を買ったもんだそうだ。二葉亭の若辰の身振声色と矢崎嵯峨の屋の談志の物真似テケレッツのパアは寄宿舎の評判であった。嵯峨の屋は・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そっかしい学者が、これこそは人間の骨だ、人間は昔、こんな醜い姿をして這って歩いていたのだ、恥を知れ、などと言って学界の紳士たちをおどかしたので、その石は大変有名になりまして、貴婦人はこれを憎み、醜男は喝采し、宗教家は狼狽し、牛太郎は肯定し、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫