・・・詩は花やかな対句の中に、絶えず嗟嘆の意が洩らしてある。恋をしている青年でもなければ、こう云う詩はたとい一行でも、書く事が出来ないに違いない。趙生は詩稿を王生に返すと、狡猾そうにちらりと相手を見ながら、「君の鶯鶯はどこにいるのだ。」と云っ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・なるほど洪水じゃなと嗟嘆せざるを得なかった。 亀戸には同業者が多い。まだ避難し得ない牛も多いと見え、そちこちに牛の叫び声がしている。暗い水の上を伝わって、長く尻声を引く。聞く耳のせいか溜らなく厭な声だ。稀に散在して見える三つ四つの燈火が・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・彼はかつて老いたる偏盲に嗟嘆させた、「いやしかし俺は自然の美しさに見とれていてはならぬ。いかな時といえども俺はただ俺の考察の対象としてよりほかに外象をながめてはならないのだ」。さよう、それが木下の享楽の一つの特徴である。彼は白墨で線を画して・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・日本人はまだ都市の公共性を理解しない、これが著者の嗟嘆の一つである。しかしこのことは否定の否定が実現せられ得るためにまず第一の否定が明白に行なわれねばならぬことをさしているにほかならぬ。著者が一人旅の心を説くのも、我執に徹することによって我・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫