・・・強い人にも嘆き悲しみ悶えはある。しかしそれは弱いもののそれとは何処かちがった響がある。 宇都野さんの歌の音調にはやはり自ずからな特徴がある。それは如何なる点に存するか明白に自覚し得ないが、やはり子音母音の反復律動に一種の独自の方式がある・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・「青い天使」「嘆きの天使」というのを見た。同じ監督がこのあとに作った「モロッコ」を見たあとでこれを見たことは一つのおもしろい経験であった。著名な科学者の一代の大論文を読んで感心したあとで、その人のその論文を書くまでの道筋を逆にたどってそれま・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 一番目「嘆きの天使」はかつてスタンバーク監督ディートリヒ主演の映画を見ていたので、それとこれとを比較して見るという興味があった。さて「高等中学」の教室に現われた教授ウンラートはと見ると、遠方から見たいったいの風貌がエミール・ヤニングス・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・冬の闇夜に悪病を負う辻君が人を呼ぶ声の傷しさは、直ちにこれ、罪障深き人類の止みがたき真正の嘆きではあるまいか。仏蘭西の詩人 Marcel Schwob はわれわれが悲しみの淵に沈んでいる瞬間にのみ、唯の一夜、唯の一度われわれの目の前に現われ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・只眼にあまる情けと、息に漏るる嘆きとにより、昼は女の傍えを、夜は女の住居の辺りを去らぬ誠によりて、我意中を悟れかしと物言わぬうちに示す」クララはこの時池の向うに据えてある大理石の像を余念なく見ていた。「第二を祈念の時期と云う。男、女の前に伏・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・絶えざる不満、圧迫の下に束縛されて、嘆き悲しみつつ軈ては其にも馴れて無感覚に成った不幸な魂が、如何うして輝く肉体の所有者に成れますでしょう。 基督教が赤子の時から吹き込んだ「平等なるべき」人類として、彼等の尊重すべき伴侶として立つべき位・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・戦争で子を失ったすべての母たちの嘆きが、子さんの苦悩に表徴されているようにわたしには感じられた。そして、妻たちの悲しみが。愛が破壊されたということで、子さんは最もはげしく戦争の惨禍をうけた婦人の一人である。 香織さんの霊が不滅であると信・・・ 宮本百合子 「その願いを現実に」
・・・ この伝説は、圧迫を蒙って来た少数民族の嘆きと憤りとを語るばかりだろうか。わたしには、そればかりと思えない。もしわたくしたちの生活に毎日毎夜うけいれている文字のすべてが、独占資本の権力によって廻転されている印刷能力からうちのめされて来る・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・彼等が見出そうと欲したのは五年目に見るソヴェトに対するゴーリキイの失望と、偉大な声楽家シャリアピンが金の儲からぬロシアを捨てて、しかも古いロシアの嘆きの唱を歌いつつ稼いでいるように、ソヴェトを見限るであろうということであった。 一方ソヴ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・あるいは生活の幸福というものを、動かない形にはめて考えてきた老年の女性が、こわされながらもまだ生活の現実にのこっている積極な可能性をつかめないで、その一つの文章が嘆きと愚痴に終ってしまっているにしろ。やっぱりそこには実感が溢れ、そのような実・・・ 宮本百合子 「「未亡人の手記」選後評」
出典:青空文庫