・・・陶磁器類、硝子器類、金銀製器具……」 一冊の本に失望したたね子はもう一冊の本を検べ出した。「繃帯法。巻軸帯、繃帯巾、……「出産。生児の衣服、産室、産具……「収入及び支出。労銀、利子、企業所得……「一家の管理。家風、主婦の・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・ ――今朝も、その慈愛の露を吸った勢で、謹三がここへ来たのは、金石の港に何某とて、器具商があって、それにも工賃の貸がある……懸を乞いに出たのであった―― 若いものの癖として、出たとこ勝負の元気に任せて、影も見ないで、日盛を、松並木の・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大切な書類、器具、物品、軽少にもしろ、あらゆる財産、一切の身代、祖先、父母の位牌。実際、生命と斉しいものを残らず納れてあるのです。 が、開けない以上は、誓って、一冊の旅行案内といえども取出・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ものであったが、今思うとそれは予の考違であった、茶の湯は趣味の綜合から成立つ、活た詩的技芸であるから、其人を待って始めて、現わるるもので、記述も議論も出来ないのが当前である、茶の湯に用ゆる建築露路木石器具態度等総てそれ自身の総てが趣味である・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・何か機の器具を借りに来たらしい。 やがて芋が煮えたというので、姉もおとよさんといっしょに降りてくる。おおぜい輪を作って芋をたべる。少しく立ちまさった女というものは、不思議な光を持ってるものか、おとよさんがちょっとここへくればそのちょっと・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・あるものは、いろいろな器具について考えました。またあるものは、その島についてからのことなどを研究して頭を悩ましました。しかしその悩みは、行く末の幸福を得ることのために愉快でありました。早く、その未知の島にゆきたいものだとみんなは心で思いまし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・家を捜すのにほっとすると、実験装置の器具を注文に本郷へ出、大槻の下宿へ寄った。中学校も高等学校も大学も一緒だったが、その友人は文科にいた。携わっている方面も異い、気質も異っていたが、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。こと・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・そんなことを思い出した末、私はその年少の友の反省の為に、大切に使われよく繕われた古い器具の奥床しさを折があれば云って見たいと思いました。ひびへ漆を入れた茶器を現に二人が讃めたことがあったのです。 紅潮した身体には細い血管までがうっすら膨・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 兵士達は、それを繰りかえしながら、金目になる金や銀でこしらえた器具が這入っていそうな、戸棚や、机の引出しをこわれるのもかまわず、引きあけた。 彼等は、そこに、がらくたばかりが這入っているのを見ると、腹立たしげに、それを床の上に叩き・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 京一は、第一、醸造場のいろいろな器具の名前を皆目知らなかった。槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて見当違いな溜桶をさげて来て皆なに笑われたりした。馴れない仕事のために、肩や腰が痛んだり、手足が棒・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫