・・・落ちぶれたと言っても、さすがに、きちんとした二部屋のアパートにいたが、いつも隅々まで拭き掃除が行きとどき、殊にも台所の器具は清潔であった。第二には、そのひとは少しも私に惚れていない事であった。そうして私もまた、少しもそのひとに惚れていないの・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 人間の使ういろいろな器具器械でも一目見てなんとなくいい格好をしたものはたいてい使ってぐあいがよい。物理学実験に使われる精密器械でさえも設計のまずい使ってぐあいの悪いようなのはどことなく見た格好が悪いというのが自分の年来の経験である。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ある人は言語の有無をもって人間と動物との区別の標識としたら宜いだろうと云い、またある人は道具あるいは器具の使用の有無を準拠とするのが適当だろうという。私にはどちらが宜いか分らない。しかしこの言語と道具という二つのものを、人間の始原と結び付け・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・という、えたいの知れぬ人工的非科学的な因子が、送風器械としては本来科学的であるべき器具の設計に影響を及ぼすものかと驚かれるくらいである。しかし、考えてみると、団扇や扇のようなものは元来どこまでが実用品で、どこまでが玩弄品であるか、それはわか・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・米、味噌、茶わん、箸、飯櫃のような、われわれの生命の維持に必需な材料器具でもない。衣服や住居の成立に欠くべからざる品物ともちがう。それかといって棺桶や位牌のごとく生活の決算時の入用でもない。まずなければないでも生きて行くだけにはさしつかえは・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ある人の話では日々わずかな一定量の食餌をねずみのために提供してさえおけば決して器具や衣服などをかじるものではないという事である。ある経済学者の説によるといかなる有害無益の劣等の人間でも一様に「生存の権利」というものがあるそうである。そんなら・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・われわれの日常生活に必要欠くべからざるものと通例思われている器具調度の類でも、実はそれを全廃してしまって少しもさしつかえのないものはいくらでもある。たとえば、西洋ならばどんな簡易生活でも、こればかりは必要と思われている椅子やテーブルがなくて・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・さかりがつくと彼は所かまわず尿水を飛ばして襖や器具をよごした。あまりやっかいをかけるから家族のほうから玉を追放したいという動議が出た。そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。い・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・後者は器具の関係から学校に限られていたが、前者は当然校外にまでも伝播して行くべき性質のものであった。町はずれの草原や冬田の上で至るところにまね事の野球戦が流行した。ベースには蓆の切れ端やぞうきんで用が足りた。ボールがゴムまり、バットには手ご・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・先っきから婆さんは室内の絵画器具について一々説明を与える。五十年間案内者を専門に修業したものでもあるまいが非常に熟練したものである。何年何月何日にどうしたこうしたとあたかも口から出任せに喋舌っているようである。しかもその流暢な弁舌に抑揚があ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫