・・・三次が手を放した時犬は四つ足を屈めて地を偃うように首を垂れて身を蹙めた。そうして盗むように白い眼で三次を見た。犬がひいひい鳴いた時太十はむっくり起きた。彼の神経は過敏になって居た。「おっつあん」と先刻の対手が喚びかけた。太十はまたご・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・中味は込入っていて眼がちらちらするだけだからせめて締括った総勘定だけ知りたいと云うなら、まだ穏当な点もあるが、どんな動物を見ても要するにこれは牛かい馬かい牛馬一点張りですべて四つ足を品隲されては大分無理ができる。門外漢というものはこの無理に・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 深い谷底のような、掘鑿に四つの小さい眼が注がれた。坑夫の子供ではあっても、その中へは入る事が許されなかったし、又、許されたとしても、そこがどんなに危険であるかは、子供の心にも浸み込んでいた。「穴ん中にゃいないや、捲上小屋にいるかも・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・意味から云えば、二つとか、三つとか、もしくば四つとかで充分であるものを、音調の関係からもう一つ云い添えるということがある。併し意味は既に云い尽してあるし、もとより意味の違ったことを書く訳には行かぬから仕方なしに重複した余計のことを云う。・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・箒星が三つ四つ一処に出たかと思うような形で怪しげな色であった。今宵は地球と箒星とが衝突すると前からいうて居たその夜であったから箒星とも見えたのであろうが、善く見れば鬼灯提灯が夥しくかたまって高くさしあげられて居るのだ。それが浅草の雷門辺であ・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・学校の田のなかにはきっとひばりの巣が三つ四つある。実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがるところはつい見なかった。ひばりは降りるときはわざと巣からはなれて降りるから飛びあがるとこを見なければ巣のありかはわからない。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・犬箱が日向にあって、八ツ手の下に、立ったら一太より勿論大きい斑の洋犬が四つ肢を伸して眠っていた。一太は、立派な大人の男みたいな洋犬を綺麗だと思い、こわいと思い、恍惚した。「おっかちゃん、あんな犬玉子食うかい?」 母は、横眼で門の中を・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。 木村は重荷を・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・と、再びそこから高縁の上へ転がると、間もなく裸体の四つの足が、空間を蹴りつけ裏庭の赤万両の上へ落ち込んだ。葛と銀杏の小鉢が蹴り倒された。勘次は飛び起きた。そして、裏庭を突き切って墓場の方へ馳け出すと、秋三は胸を拡げてその後から追っ馳けた。・・・ 横光利一 「南北」
・・・とをに合併すれば、大体は四つの部分になる。『甲陽軍鑑』がこれらの部分において語っていることは、非常に多種多様であるが、しかしそれを貫いて一つの道徳的理想が動いているように思われる。軍法の巻においてさえも、その主要な関心は、戦術や戦略の末・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫