・・・ はじめは押入と、しかしそれにしては居周囲が広く、破れてはいるが、筵か、畳か敷いてもあり、心持四畳半、五畳、六畳ばかりもありそうな。手入をしない囲なぞの荒れたのを、そのまま押入に遣っているのであろう、身を忍ぶのは誂えたようであるが。・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 四 その時は、四畳半ではありません。が、炉を切った茶の室に通されました。 時に、先客が一人ありまして炉の右に居ました。気高いばかり品のいい年とった尼さんです。失礼ながら、この先客は邪魔でした。それがために、・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
一 貸したる二階は二間にして六畳と四畳半、別に五畳余りの物置ありて、月一円の極なり。家主は下の中の間の六畳と、奥の五畳との二間に住居いて、店は八畳ばかり板の間になりおれども、商売家にあらざれば、昼も一枚蔀をおろして、ここは使わず・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・以外食堂というも仰山なれど、特に会食の為に作れる食堂だけは、どうしても各戸に設ける風習を起したい、それさえ出来れば跡は訳もないことである、其装飾や設備やは各分に応じて作れば却て面白いのであろう、それは四畳半の真似などをしてはいかぬ、只何時他・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・の両聯も、訪客に異様な眼をらした小さな板碑や五輪の塔が苔蒸してる小さな笹藪も、小庭を前にした椿岳旧棲の四畳半の画房も皆焦土となってしまった。この画房は椿岳の亡い後は寒月が禅を談じ俳諧に遊び泥画を描き人形を捻る工房となっていた。椿岳の伝統を破・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・佐伯は夏でもそれをあけようとせず、ほんの気休めに二三寸あけてそこへカーテンを引いて置き、その隙間から洩れる空気を金魚のように呼吸するだけという風通しの悪さを我慢していたのだ。勿論部屋は狭かった。佐伯は四畳半あると言っていたが、私は数えてみて・・・ 織田作之助 「道」
・・・階下は全部漆喰で商売に使うから、寝泊りするところは二階の四畳半一間あるきり、おまけに頭がつかえるほど天井が低く陰気臭かったが、廓の往き帰りで人通りも多く、それに角店で、店の段取から出入口の取り方など大変良かったので、値を聞くなり飛びついて手・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて、漆喰は乾いてしまっている。その上へ落ちた痰は水をかけても離れない。堯は金魚の仔でもつまむようにしてそれを土管の口へ持って行くのである。彼は血の痰を見てももうなんの・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・上がり口の四畳半が玄関なり茶の間なり長火鉢これに伴なう一式が並べてある。隣が八畳、これが座敷、このほかには台所のそばに薄暗い三畳があるばかり。南向きの縁先一間半ばかりの細長い庭には棚を造り、翁の楽しみの鉢物が並べてある。手狭であるが全体がよ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・親爺は、燻った四畳半で、足のない脚だけ布団にかくして、悲しげな顔をしていた。「トロ、なか/\重いだろう。」「誰れも働く者がなきゃ、お芳さんのようにこの長屋を追い出されるんだ。追い出されたら、ドコへ行くべ。」 息子は、親爺の眼に光・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫