・・・我は花にして花作り、我は傷にして刃、打つ掌にして打たるる頬、四肢にして拷問車、死刑囚にして死刑執行人。それでは、かなわぬ。むべなるかな、君を、作中人物的作家よと称して、扇のかげ、ひそかに苦笑をかわす宗匠作家このごろ更に数をましている有様。し・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ B 尾上てるは、含羞むような笑顔と、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の三味線職の長女として生れた。かなりの店であったが、てるが十三の時、父は大酒のために指がふるえて仕事がうまく出来・・・ 太宰治 「古典風」
・・・そんなに絢爛たる面貌にくらべて、四肢の貧しさは、これまた驚くべきほどであった。身長五尺に満たないくらい、痩せた小さい両の掌は蜥蜴のそれを思い出させた。佐竹は立ったまま、老人のように生気のない声でぼそぼそ私に話しかけたのである。「あんたの・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。 ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きなが・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・コーヒー茶碗一ぱいになるくらいのゆたかな乳房、なめらかなおなか、ぴちっと固くしまった四肢、ちっとも恥じずに両手をぶらぶらさせて私の眼の前を通る。可愛いすきとおるほど白い小さい手であった。湯槽にはいったまま腕をのばし、水道のカランをひねって、・・・ 太宰治 「美少女」
・・・いよいよ結婚式というその前夜、こんな吹出物が、思いがけなく、ぷつんと出て、おやおやと思うまもなく胸に四肢に、ひろがってしまったら、どうでしょう。私は、有りそうなことだと思います。吹出物だけは、ほんとうに、ふだんの用心で防ぐことができない、何・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・本の文化のあらゆる諸要素がモンタージュ的であると論じ、日本の文字でさえも、口と犬とを合わせて吠えるというようにできあがっていると言い、また歌舞伎についても分解的演技の原理という言葉を使って、役者の頭や四肢の別々な演技がモンタージュ的に結合さ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そっと羽織のすそを持って静かにかかげて見ると、かわいらしい子ねずみが四肢を伸ばして、ちょうどはり付けでもしたように羽織の裏にしがみついている。はげしく羽織を一あおりするとぱたりと畳に落ちた。逃げ出そうとするのを手早く座ぶとんで伏せて、それか・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・例えて見れば人間の声が鳥の声に変化したらどうしたって今日までの音楽の譜は通用しない。四肢胸腰の運動だっても人間の体質や構造に今までとは違ったところができて筋肉の働き方が一筋間違ってきたって、従来の能の型などは崩れなければならないでしょう。人・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・子供の心身の暗弱四肢耳目の不具は申すまでもなく、一本の歯一点の黶にも心を悩まして日夜片時も忘るゝを得ず。俗に言う子供の馬鹿ほど可愛く片輪ほど憐れなりとは、親の心の真面目を写したるものにして、其心は即ち子供の平等一様に幸福ならんことを念ずるの・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫