・・・ そしてグルッと身体を廻すと、猫がするように塀をもがいて上るような恰好をした。犬がその後から喰らいつた。 * * その晩棒頭が一人つき添って土方二人が源吉の死骸をかついで山へ行った。穴をほってうずめた・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・つい水の中を掻廻すと、鰍は皆な驚いて石の下へ隠れてしまいました。 お爺さんは子供の釣りの話を聞いて、正直な人の好さそうな声で笑いました。そして二人の兄弟にこう申しました。「一人はあんまり気が長過ぎたし、また、一人はあんまり気が短過ぎ・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・何々教とやらの分社のような家から起こって来るもので、冷たい不景気の風が吹き回せば回すほど、その音は高く響けて来た。欲と、迷信と、生活難とから、拝んでもらいに行く人たちも多いという。その太鼓の音は窪い谷間の町の空気に響けて、私の部屋の障子にま・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・あたしの愛情が、どうのこうのと、きざに、あたしをいじくり廻すものだから、あたし、いいあんばいに忘れていた。あたしの不幸、あたしの汚なさ、あたしの無力、みんな一時に思い出しちゃった。東京は、いいわね。あたしより、もっと不幸な人が、もっと恥ずか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・簡単にすみそうな物語なら、その場で順々に口で言って片附けてしまうのであるが、発端から大いに面白そうな時には、大事をとって、順々に原稿用紙に書いて廻すことにしている。そのような、かれら五人の合作の「小説」が、すでに四、五篇も、たまっている筈で・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その先端の綿の繊維を少しばかり引き出してそれを糸車の紡錘の針の先端に巻きつけておいて、右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が急速度で回転して綿の繊維の束に撚りをかける。撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまん・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・人間が人間を追っ駆け回す場面、人と人とが切り合う場面が全映画の長さの少なくも五割以上を占めているような気持ちがした。 こういう映画の剣劇的立ち回りではいつでも実に不思議な一種特別の剣舞の型を見せられるような気がする。それは、できるだけ活・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・父は出入りの下役、淀井の老人を相手に奥の広間、引廻す六枚屏風の陰でパチリパチリ碁を打つ。折々は手を叩いて、銚子のつけようが悪いと怒鳴る。母親は下女まかせには出来ないとて、寒い夜を台所へと立って行かれる。自分は幼心に父の無情を憎く思った。・・・ 永井荷風 「狐」
・・・と碌さんは、自分の頬ぺたを撫で廻す。「大袈裟な事ばかり云う男だ」「だって君の顔だって、赤く見えるぜ。そらそこの垣の外に広い稲田があるだろう。あの青い葉が一面に、こう照らされているじゃないか」「嘘ばかり、あれは星のひかりで見えるの・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 彼は僕などより早熟で、いやに哲学などを振り廻すものだから、僕などは恐れを為していた。僕はそういう方に少しも発達せず、まるでわからん処へ持って来て、彼はハルトマンの哲学書か何かを持ち込み、大分振り廻していた。尤も厚い独逸書で、外国にいる・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
出典:青空文庫