・・・それならば窮屈にもなく、寒くもないから其点はいいのであるが、それでも唯一つ困るのは狼である。水葬の時に肴につつかれるのはそれ程でもないが、ガシガシと狼に食われるのはいかにも痛たそうで厭やである。狼の食ったあとへ烏がやって来て臍を嘴でつつくな・・・ 正岡子規 「死後」
・・・どうも毎日仕事がなくて困るんだよ。」「うん。それは大いに同情するね。」「今日は石を運ばせてやろうか。おい。みんな今日は石を一人で九十匁ずつ運んで来い。いや、九十匁じゃあまり少いかな。」「うん。九百貫という方が口調がいいね。」・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・重って来た困る事にすき通る様なかおをして壺のかすかに光るのを見る。ペーンはそのかおを眉のあたりからズーッと見廻して神秘的の美くしさに思わず身ぶるいをしてひくいながら心のこもった声で云う。ペーン マア何と云う御前は美くしい事だ。そのこ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・新聞雑誌は初は予を強要して語らしめたが、後にはそう大言壮語せられては困るとか云って、予の饒舌るに辟易した。昔者道士があって、咒を称え鬼を役して灑掃せしめたそうだ。その弟子が窃み聴いてその咒を記えて、道士の留守を伺うて鬼を喚んだ。鬼は現われて・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・「叔母やん、秋がさっき来てな、安次を俺とこへ置いとけって云うのやが、俺とこは困るぜ。」と勘次はきり出した。「何んやぞ? わし一寸も知らんが。」「秋公はひどい奴や、こんな病人を俺とこへ無理に引っ張って来てさ。」「そうかな、あい・・・ 横光利一 「南北」
・・・却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之事も無之候か、何れ上京致し候はば街頭にて宣伝等も可致候間、早速返報有之度候。新年言志・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫