・・・ 板囲いの待合所に入ろうとして、男はまたその前に兼ねて見知り越しの女学生の立っているのをめざとくも見た。 肉づきのいい、頬の桃色の、輪郭の丸い、それはかわいい娘だ。はでな縞物に、海老茶の袴をはいて、右手に女持ちの細い蝙蝠傘、左の手に・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺やぐみに似た赤いものが実っている、沢へ下りると細流にウォータークレスのようなものが密生し、柵囲いの中には山葵が作ってある。沢の奥の行きづまりには崩れ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・夏休みに帰省中、鏡川原の納涼場で、見すぼらしい蓆囲いの小屋掛けの中でであった。おりから驟雨のあとで場内の片すみには川水がピタピタあふれ込んでいた。映画はあひる泥坊を追っかけるといったようなたわいないものであったが、これも「見るまでは信じられ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・この言葉は今日のいわゆる専門主義の鉄門で閉ざされた囲いの中へはあまりよくは聞こえない。聞こえてもそれはややもすれば悪魔の誘惑する声としか聞かれないかもしれない。それだから丸善の二階でも各専門の書物は高い立派なガラス張りの戸棚から傲然として見・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・小学時代に、夏が来ると南磧に納涼場が開かれて、河原の砂原に葦簾張りの氷店や売店が並び、また蓆囲いの見世物小屋がその間に高くそびえていた。昼間見ると乞食王国の首都かと思うほどきたないながめであったが、夜目にはそれがいかにも涼しげに見えた。父は・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・とした赤行燈を出し、葭簀で囲いをした居酒屋から、※を焼く匂いがしている。溝際には塀とも目かくしともつかぬ板と葭簀とが立ててあって、青木や柾木のような植木の鉢が数知れず置並べてある。 ここまでは、一人も人に逢わなかったが、板塀の彼方に奉納・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・その前の所が少しばかり鉄柵に囲い込んで、鎖の一部に札が下がっている。見ると仕置場の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据えら・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その桑畑の囲いの処には幾年も切らずにいる大きな桑があってそれには真黒な実がおびただしくなっておる。見逃がす事ではない、余はそれを食い始めた。桑の実の味はあまり世人に賞翫されぬのであるが、その旨さ加減は他に較べる者もないほどよい味である。余は・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張子細工が何百となくぶら下って居る。大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・それには垣も囲いもなんにもない。多くの人はその傍を散歩して居る。それでもその花一つ取る者は仮にもない。どんな子供でも決して取るなんという事はないそうだ。それが日本ではどうだ。白壁があったら楽書するものときまって居る。道端や公園の花は折り取る・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫