・・・とみんなは悦び勇んで狐の死骸を囲みました。 ところがどうです。今度はみんなは却ってぎっくりしてしまいました。そうでしょう。 その古い狐は、もう身代りに疫病よけの「源の大将」などを置いて、どこかへ逃げているのです。 みんなは口々に・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
夜中の一時過、カラカラ、コロコロ吊橋を渡って行く吾妻下駄の音がした。これから女中達が髪結に出かけるのだと見える。 私共は火鉢を囲み、どてらを羽織って餅を焼きながらそれを聴いた。若々しい人声と下駄の音が次第に遠のき、やが・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・閑人が往々棋を囲みかるたをもてあそぶゆえんである。 あますところの問題はわたくしが思量の小児にいかなる玩具を授けているかというにある。ここにその玩具を検してみようか。わたくしは書を読んでいる。それが支那の古書であるのは、いま西洋の書が獲・・・ 森鴎外 「なかじきり」
・・・家のつくり、中庭を囲みて四方に低き楼あり。中庭より直に楼に上るべき梯かけたるなど西洋の裏屋の如し。屋背は深き谿に臨めり。竹樹茂りて水見えねど、急湍の響は絶えず耳に入る。水桶にひしゃく添えて、縁側に置きたるも興あり。室の中央に炉あり、火をおこ・・・ 森鴎外 「みちの記」
一 荒漠たる秋の野に立つ。星は月の御座を囲み月は清らかに地の花を輝らす。花は紅と咲き黄と匂い紫と輝いて秋の野を飾る。花の上月の下、潺湲の流れに和して秋の楽匠が技を尽くし巧みを極めたる神秘の声はひびく。遊子茫然としてこの境にたたず・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫