・・・そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づいて行った。彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終った時に、重吉の勇気は百倍した。彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・髪毛がそれで固められていた。それに彼女のがねばりついていた。そして、頭部の方からは酸敗した悪臭を放っていたし、肢部からは、癌腫の持つ特有の悪臭が放散されていた。こんな異様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった。彼女・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ また今を去ること三十余年、固め番とて非役の徒士に城門の番を命じたることあり。この門番は旧来足軽の職分たりしを、要路の者の考に、足軽は煩務にして徒士は無事なるゆえ、これを代用すべしといい、この考と、また一方には上士と下士との分界をなお明・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・そうして人夫共は埋めた上に土を高くして其上を頻りに踏み固めている。もう生きかえってもだめだ、いくら声を出しても聞こえるものではない。自分が斯んな土の下に葬むられておると思うと窮屈とも何ともいいようが無い。六尺の深さならまだしもであるが、友達・・・ 正岡子規 「死後」
・・・煙と火とを固めて空に抛げつける。石と石とをぶっつけ合せていなずまを起す。百万の雷を集めて、地面をぐらぐら云わせてやる。丁度、楢ノ木大学士というものが、おれのどなりをひょっと聞いて、びっくりして頭をふらふら、ゆすぶったようにだ。ハッハッハ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ところが、戦争が進むにつれ、軍そのものが、偽りで固めた人民むけ報道のためには、むしろ作家報道員を邪魔にしはじめたとともに、一般に、戦線視察にたいする作家たちの熱心がうすれてきた。どうして、作家たちが初期の期待をうしなってきたのであったろうか・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これらの仲間の中には繩の一端へ牝牛または犢をつけて牽いてゆくものもある。牛のすぐ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・杉の生垣の切れた処に、柴折戸のような一枚の扉を取り付けた門を這入ると、土を堅く踏み固めた、広い庭がある。穀物を扱う処である。乾き切った黄いろい土の上に日が一ぱいに照っている。狭く囲まれた処に這入ったので、蝉の声が耳を塞ぎたい程やかましく聞え・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ よもやと思い固めたことが全く違ッてしまったことゆえ、今さら母も仰天したが、さすがにもはや新田のことよりは夫や聟の身の上が心配の種になッて来た。「さてはその時に民部たちは」「そのこと、まことそのことにおじゃるわ。おれがこれから鎌・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・鼻先から出る道徳に塗り固められて何事も心臓でもって理解することができず、また何事も心臓から出て行為することのできない、死人のような人間です。ゲエテも言ったように、迷うということは生きる証拠です。道義の力は迷った後にほんとうに理解せられる。ま・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫