・・・それにもかかわらず、右翼日和見主義者とその眷族調停派たちは、自身の誤謬を固執し、作家同盟の一部の同志は、同志小林の指導的批判に対していささかも科学的根拠のないデマゴギー的漫罵をわめきたてさえしたのである。 同志小林の克己と努力とは遂にそ・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・既に一九二七年、右翼的固執を示した労芸の内部の情勢が三年間停止している筈はない。前田河が発表するプロレタリアート文学に対する感想は、モスクワで読むからばかりでない、どこの工場の隅で読んだって明かな悲しき反動にまで発育していた。其イディオロギ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・ この問題のきわめて心をひかれる点は、そんなに多量に数十万人の若い女学校卒業生たちがともかく社会の勤労に向って招かれている一方では、女の職業というものを一時的に見る習慣がますます固執されていて、この間きめられた女子の賃銀の規定も、現在の・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・ 一度、固執を離れ、自分の芸術と云うことを抜きにして逢って見れば、自分達母娘は、流石に何と云っても血で繋ったものである。彼女も会うことは嬉しく、自分も、楽しい。平常ほど繁々ではないが、又、折々自分は林町へ行くようになった。西洋間に坐り、・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・それは、インドにおける彼女の影響が最高潮にあったとき、ナイチンゲールがクリミヤの経験をどこまでも固執して、炎熱の激しいインドの病院でも、病室の窓々は開放されていなければならないと強硬に主張したために大恐慌を来したという事実である。「彼女の生・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・という考えを固執している。 允男は遂に家を出てしまった。公荘は悲歎の裡に死ぬ。允子は不安の絶えないその後の生活の或る日映画の「丘を越えて」を見物して、心機一転した。允子は「丘を越えて」の母親の生きかたの不甲斐なさに刺戟され「女は年をとる・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・おのれの第一歩的な着眼に固執して、千たび万たび、その角度からだけものをいい、またはその着眼のために理論の全体的な把握を失うような習癖に陥り、それがやがてジャーナリズムにおけるその人の商標となったりしては、理論家としての成長はまったくすたれて・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・何故に、此等の人々の主張とその主張の固執とがあるのであろう。もし真に日本を愛するのがその論拠であるならば、愛する日本のあらゆる必要に応えて、誠心誠意動くことこそ本来の道ではなかろうか。現実はこのように切実に、社会生活全般に亙る人民管理の必然・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・純一の態度に固執する者はともすれば内容を空疎にする。 私はある冬の日、紺青鮮やかな海のほとりに立った。帆を張った二三十艘の小舟が群れをなして沖から帰って来る。そして鳩が地へ舞いおりるように、徐々に、一艘ずつ帆をおろして半町ほどの沖合いに・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫