・・・心して尋ね歩めばむかしのままなる日本固有の風景に接して、伝統的なる感興を催すことが出来ないでもない。 わたくしは日々手籠をさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道を歩み、枯枝や松毬を拾い集め、持ち帰って飯を炊ぐ薪の代りにし・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・要するに現代の生活においては凡ての固有純粋なるものは、東西の差別なく、互に噛み合い壊し合いしているのである。異人種間の混血児は特別なる注意の下に養育されない限り、その性情は概して両人種の欠点のみを遺伝するものだというが、日本現代の生活は正し・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・東京の町々はその場処場処によって、各固有の面目を失わずにいた。例えば永代橋辺と両国辺とは、土地の商業をはじめ万事が同じではなかったように、吉原の遊里もまたどうやらこうやら伝来の風習と格式とを持続して行く事ができたのである。 泉鏡花の小説・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・由来この種の雅致は或一派の愛国主義者をして断言せしむれば、日本人独特固有の趣味とまで解釈されている位で、室内装飾の一例を以てしても、床柱には必ず皮のついたままの天然木を用いたり花を活けるに切り放した青竹の筒を以てするなどは、なるほど Roc・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・倫敦に固有なる濃霧はことに岸辺に多い。余が桜の杖に頤を支えて真正面を見ていると、遥かに対岸の往来を這い廻る霧の影は次第に濃くなって五階立の町続きの下からぜんぜんこの揺曳くものの裏に薄れ去って来る。しまいには遠き未来の世を眼前に引き出したるよ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
昨日は失敬。こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯において未曾有の珍象ですが、私が、私に固有な因循極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際をするのは全くあなたのせいですよ。それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・何も日本固有の奇術が現に伝っているのに、一も西洋二も西洋と騒がんでもの事でげしょう。今の日本人はちと狸を軽蔑し過ぎるように思われやすからちょっと全国の狸共に代って拙から諸君に反省を希望して置きやしょう」「いやに理窟を云う狸だぜ」と源さん・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・しかも自家に固有なる作物と評論と見識との齎した価値によって、国家を代表するのではない。実行上の権力において自己より遥に偉大なる政府というものを背景に控えた御蔭で、忽ち魚が竜となるのである。自ら任ずる文芸家及び文学者諸君に取っては、定めて大い・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・デカルトは此に人に説くためにということを主として考えているようであるが、徹底的な懐疑的自覚、何処までも否定的分析ということは、哲学そのものに固有な、哲学という学問そのものの方法でなければならない。私は哲学の方法を否定的自覚、自覚的分析と考え・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・但し記者が此不和不順を始めとして、以下憤怒怨恨誹謗嫉妬等、あらん限りの悪事を書並べて婦人固有の敗徳としたるは、其婦人が仮令い之を外面に顕わさゞるも、心中深き処に何か不平を含み、時として之を言行に洩らすことありとて、其心事微妙の辺を推察したる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫