・・・若狭の国府の侍でございます。名は金沢の武弘、年は二十六歳でございました。いえ、優しい気立でございますから、遺恨なぞ受ける筈はございません。 娘でございますか? 娘の名は真砂、年は十九歳でございます。これは男にも劣らぬくらい、勝気の女でご・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 煙草はたしか「極上国分」と赤字を粗末な木版で刷った紙袋入りの刻煙草であったが、勿論国分で刻んだのではなくて近所の煙草屋できざんだものである。天井から竹竿で突張った鉋のようなものでごしりごしりと刻んでいるのが往来から見えていた。考えてみ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・今日はめずらしく国分の前でお清に会った。私は口をきこうとして近づくと上目を一寸つかって走りぬけて行ってしまった。私はあの恐しげな父親は私と同じ娘をこんなにいじけさしてしまったと思うと泣きたくなるほどうらめしかった。三月二十八日三度目・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・ 佐渡の国府は雑太という所にある。正道はそこへ往って、役人の手で国中を調べてもらったが、母の行くえは容易に知れなかった。 ある日正道は思案にくれながら、一人旅館を出て市中を歩いた。そのうちいつか人家の立ち並んだ所を離れて、畑中の道に・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫