・・・ と直次も姉の前では懐しい国言葉を出して、うまそうな里芋を口に入れた。その晩はおげんは手が震えて、折角の馳走もろくに咽喉を通らなかった。 熊吉は黙し勝ちに食っていた。食後に、おげんは自分の側に来て心配するように言う熊吉の低い声を聞い・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・られている石膏のアポロとヴィナスの胸像も、やっぱり高等学校時代の買物で、これを貧乏書生が苦心して買って家へもって帰って来たら、八十何歳かの祖母が、そんな目玉もない真白な化物はうちさいれられねえごんだと国言葉で憤慨し、それを説得するに大骨を折・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ 祖母は、国言葉を出し、今にも手を引いて立ちそうな顔をした。「今日行くの?」「そうよ!」 愛情から来る独断で、自分は寧ろ愛を覚えた。深く逆らう気も起らない。今行く方が総ていい、と云う直覚に動かされ、半ば祖母に打ち負けた形で、・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫