・・・しかして丘の上には赤い鐘楼のある白い寺だの、ライラックのさきそろった寺領の庭だの、ジャスミンの花にうもれた郵便局だの、大槲樹の後ろにある園丁の家だのがあって、見るものことごとくはなやかです。そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・公園の入口にはダリアが美しく咲いて森閑とした園内を園丁が掃除していた。子供の時分によく熱病をわずらって、その度に函館産の氷で頭を冷やしたことであったが、あの時のあの氷が、ここのこの泥水の壕の中から切り出されて、そうして何百里の海を越えて遠く・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ わが断腸亭奴僕次第に去り園丁来る事また稀なれば、庭樹徒に繁茂して軒を蔽い苔は階を埋め草は墻を没す。年々鳥雀昆虫の多くなり行くこと気味わるきばかりなり。夕立おそい来る時窓によって眺むれば、日頃は人をも恐れぬ小禽の樹間に逃惑うさまいと興あ・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・荷物をおろし、おまえは汗を拭 園丁がこてをさげて青い上着の袖で額の汗を拭きながら向うの黒い独乙唐檜の茂みの中から出て来ます。「何のご用ですか。」「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。若しまた何か鋏でも研ぐのがありましたらそ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・ あれだけの広さを自分達丈で占領してまるで違った世界に旅行して居るのですもの、つまらなかろう筈が有りません。 園丁が来て花にやるために水を温室に汲み込むのを見ては、「あんなに太った百姓が大よだれをたらして居る。と笑い・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・ そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園丁のように花の中を歩き廻った。湿った芝生に抱かれた池の中で、一本の噴水が月光を散らしながら周囲の石と花とに戯れていた。それは穏かに庭で育った高価な家畜のような淑やかさをもっていた。また遠く・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫