・・・京都見物の人が土産話の種とすると同様、日常常識として結構であるかもしれぬが畢竟は絵で見た景色と同様で本当の知識ではない。いわんやせっかく案内者が引っぱり廻しても肝心の見物人が盲目では何の甲斐もない。 案内者のいう所がすべて正しく少しの誤・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・綺麗な金ピカなお堂がいくつもあって、その階の前で自分は浅草の観音さまのように鳩の群に餌を撒いてやったが何故このお堂の近所には仲見世のような、賑やかでお土産を沢山買うような処がないのかと、むしろ不平であった事なぞがおぼろに思い返される。 ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・いよいよ発車の時刻になって、車の輪が回りはじめたと思うきわどい瞬間をわざと見はからって、自分は隠袋の中から今朝読んだ手紙を出して、おいお土産をやろうと言いながら、できるだけ長く手を重吉の方に伸ばした。重吉がそれを受け取る時分には、汽車がもう・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・だが軍隊生活の土産として、酒と女の味を知った彼は、田舎の味気ない土いじりに、もはや満足することが出来なかった。次第に彼は放蕩に身を持ちくずし、とうとう壮士芝居の一座に這入った。田舎廻りの舞台の上で、彼は玄武門の勇士を演じ、自分で原田重吉に扮・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・妓楼酒店の帰りにいささかの土産を携えて子供を悦ばしめんとするも、子供はその至情に感ずるよりも、かえって土産の出処を内心に穿鑿することあるべし。この他なお細かに吟味せば、蓄妾淫奔・遊冶放蕩、口にいい紙に記すに忍びざるの事情あらん。この一家の醜・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・今その上さんが熊手持って忙しそうに帰って行くのは内に居る子供が酉の市のお土産でも待って居るのかとも見えるがそうではない。この夫婦には子は一人もないのでこの上さんは大きな三毛猫を一匹飼うて子よりも大事にして居る。しかし猫には夕飯まで喰わして出・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ お金への手土産に、栄蔵は少しばかりの真綿と砂糖豆を出した。 こんなしみったれた土産をもらって、又お金は何と云うかと、お君は顔が赤くなる様だったけれ共、何か思う事があると見えて、お金は、軽々振舞って、 よく見て御出で、 ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・の文才や弁説も度々褒めてあったが、それよりも神学者アドルフ・ハルナックの事業や勢力がどんなものだと云うことを、繰り返してお父うさんに書いてよこしたのが、どうも特別な意味のある事らしく、帰って顔を見て、土産話にするのが待ち遠いので、手紙でお父・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「そうしてくれのう。土産も何もあらへんけど、二円五十銭持ってるのやが、どうにかならんかのう?」「要るもんか。」「要らんか、頼むぜ。」「行こ行こ。」「ちょっと待ってくれ、お霜さん、飯ないかなア、腹へって、腹へって。」「・・・ 横光利一 「南北」
・・・一日じゅう歩いて行っても、立派な畑に覆われた土地のみが続き、住民たちは土産の織物で作った華やかな衣服をまとっている。さらに南の方、コンゴー王国に行って見ると、「絹やびろうど」の着物を着た住民があふれるほど住んでいる。そうして大きい、よく組織・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫