・・・でそうした巌丈な赭黒い顔した村の人たちから、無遠慮な疑いの眼光を投げかけられるたびに、耕吉は恐怖と圧迫とを感じた。新生活の妄想でふやけきっている頭の底にも、自分の生活についての苦い反省が、ちょいちょい角を擡げてくるのを感じないわけに行かなか・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それでは、圧迫に対してはどうかというと、これも指でつまむくらいでは、いくら強くしても痛がらない。さきほどの客のように抓って見たところで、ごく稀にしか悲鳴を発しないのである。こんなところから、猫の耳は不死身のような疑いを受け、ひいては「切符切・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・知るということと行うということとに何ら距りをつけないと云った生活態度の強さが私を圧迫したのです。単にそればかりではありません。私は心のなかで暗にその調停者の態度を是認していました。更に云えば「その人の気持もわかる」と思っていたからです。私は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・しかしよくしたもので、男性は女性を圧迫するように見えても、だんだんと女性を尊敬するようになり、そのいうことをきくようになり、結局は女性に内側から征服されていく。社会の進歩というものは、ある意味で、この男性が女性の霊の力に征服されてきた歴史な・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・婦人としては男子の圧迫と戦うために職業戦線に出なければならない有様である。婦人の自由の実力を握るための職業進出である。婦人は母性愛と家庭とをある程度まで犠牲としても、自分を保護し、自由を獲得しなければならない事情がある。これは結局は社会改革・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・しかし、うわ手な、罪人を扱うようなものゝ云い方は、変に彼を圧迫した。彼は、ポケットの街の女から貰った眼の大きい写真をかくすことも忘れて、呼ばれるままに事務室へ這入って行った。 陸軍病院で――彼は、そこに勤務していた――毎月一円ずつ強制的・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・俺はその男に不思議な圧迫を感じた。どたん場へくると、俺はこの男よりも出来ていないのかと、その時思った。 自動車は昼頃やってきた。俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車の・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ひどい圧迫を受けているのだが、けれども忍んで、それは申し上げませんと殊勝な事を言っているようにも聞えますが、誰が一体、君をそんなに圧迫しているのですか。誰ですか? みんなが君を、大事にしているじゃありませんか。君は慾張りです。一本の筆と一帖・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛を感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。腓のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょうどこむらが反った時のようである。 自然と身体をもがかずにはいられなくなった。綿のよ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・教案が生徒を圧迫する度が少なければ少ないほど、生徒は卒業の資格を得やすいだろう。一日六時間、そのうち四時間は学校、二時間は宅で練習すれば沢山で、それすら最大限である。もしこれで少な過ぎると思うなら、まあ考えてみるがいい。若いものは暇な時間で・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫