・・・また廊下から地下室へ下りて行くと、狭い舞台があって、ここでは裸体の女の芸を見せる。しかしこういう場所の話は公然人前ではしないことになっている。下宿屋の食堂なんぞでもそんな話をするものはない。オペラやクラシック音楽の話はするけれども、普通のレ・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・天上に在って音響を厭いたる彼は地下に入っても沈黙を愛したるものか。 最後に勝手口から庭に案内される。例の四角な平地を見廻して見ると木らしい木、草らしい草は少しも見えぬ。婆さんの話しによると昔は桜もあった、葡萄もあった。胡桃もあったそうだ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・と云う処まで十五分ばかり徒行いて、それから地下電気でもって「テームス」川の底を通って、それから汽車を乗換えて、いわゆる「ウエスト・エンド」辺に行くのだ。停車場まで着て十銭払って「リフト」へ乗った。連が三四人ある。駅夫が入口をしめて「リフト」・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 宏壮なビルディングは空に向って声高らかに勝利を唄う。地下室の赤ん坊の墳墓は、窓から青白い呪を吐く。 サア! 行け! 一切を蹂躙して! ブルジョアジーの巨人! 私は、面会の帰りに、叩きの廊下に坐り込んだ。 ――典獄に会わ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・依て今我輩の腹案女子教育説の大意を左に記し、之を新女大学と題して地下に記者に質さんとす。記者先生に於ても二百年来の変遷を見て或は首肯せらるゝことある可し。 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・曙覧が清貧に処して独り安んずるの様、はた春岳が高貴の身をもってよく士に下るの様はこの文を見てよく知るを得ん。この知己あり。曙覧地下に瞑すべきなり。〔『日本』明治三十二年三月二十二日〕 曙覧が清貧の境涯はほぼこの文に見えたるも、彼・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・諸君の如き畸形の信者は恐らく地下の釈迦も迷惑であろう。」 拍手はテントもひるがえるばかりでした。 私はこの時あんまりひどい今の語に頭がフラッとしました。そしてまるでよろよろ出て行きました。 何を云うんだったと思ったときはもう演壇・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・、スペインの民主戦線に有名なパッショナリーアと呼ばれた婦人がいたことも知らなければ、大戦中フランスの大学を卒業した知識階級の婦人たちの団体が、どんなにフランスの自由と解放のためにナチス政権の下で勇敢な地下運動を国際的に展開したかということも・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・予は人の葬を送って墓穴に臨んだ時、遺族の少年男女の優しい手が、浄い赭土をぼろぼろと穴の中に翻すのを見て、地下の客がいかにも軟な暖な感を作すであろうと思ったことがある。鴎外の墓穴には沙礫乱下したのを見る外、ほとんど軟い土を投じたのを見なかった・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ こういう大将は、地下の分限者、町人などにうまく付けこまれる。やがて、家風が町人化し、口前のうまい、利をもって人々を味方につける人が、はばを利かしてくる。百人の内九十五人は町人形儀になり、残り五人は、人々に悪く言われ、気違い扱いにされて・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫