・・・ 安は埋めた古井戸の上をば奇麗に地ならしをしたが、五月雨、夕立、二百十日と、大雨の降る時々地面が一尺二尺も凹むので、其の後は縄を引いて人の近かぬよう。私は殊更父母から厳しく云付けられた事を覚えて居る。今一つ残って居る古井戸はこれこそ私が・・・ 永井荷風 「狐」
・・・足の地面に触れる所は十尺を通過するうちにわずか一尺ぐらいなもので、他の九尺は通らないのと一般である。私の外発的という意味はこれでほぼ御了解になったろうと思います。 そういう外発的の開化が心理的にどんな影響を吾人に与うるかと云うとちょっと・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲しく憂鬱な姿をしながら、地面に趺坐して閑雅な支那の賭博をしていた。しがない日傭人の兵隊たちは、戦争よりも飢餓を恐れて、獣のように悲しんでいた。そして彼らの上官たちは、頭に羽毛のついた帽子を被り、陣営・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ が、彼は叫ぶまいとして、いきなり地面に口を押しつけた。土にはまるでそれが腐屍ででもあるように、臭気があるように感じた。彼はどうして、寄宿舎に帰ったか自分でも知らなかった。 彼は、口から頬へかけて泥だらけになって昏々と死のように・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・平民が、学塾を開いて生徒を教え、地面を所有して地代小作米を取立つるは、これを何と称すべきや。政府にては学校といい、平民にては塾といい、政府にては大蔵省といい、平民にては帳場といい、その名目は古来の習慣によりて少しく不同あれども、その事の実は・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・それから山の脊に添うて曲りくねった路を歩むともなく歩でいると、遥の谷底に極平たい地面があって、其処に沢山点を打ったようなものが見える。何ともわからぬので不思議に堪えなかった。だんだん歩いている内に、路が下っていたと見え、曲り角に来た時にふと・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 向こうに魚の骨の形をした灰いろのおかしなきのこが、とぼけたように光りながら、枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがってきます。二疋の蟻の子供らは、それを指さして、笑って笑って笑います。 そのとき霧の向こうから、大きな赤い日・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・春の花は一ぱいに咲き満ちてしずかな日光はこまっかい木々の葉の間から模様の様になって地面をてらして居る。あまったるい香りがただよって居るおだやかな景色。三人の精霊がねころんだり、木の幹によっかかったりしてのんきらしくしゃべって居る。小・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・衣服を剥がれたので痩肱に瘤を立てている柿の梢には冷笑い顔の月が掛かり、青白く冴えわたッた地面には小枝の影が破隙を作る。はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧が朦朧と立ち込めてほんの特許に木下・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・秋ごろには、京都の杉苔の庭と同じように、一坪くらいの地面にふくふくと生えそろった。これはしめたと思って大切に取り扱い庭一面に広がるのを楽しみにしていたのであるが、冬になって霜柱が立つようになると、消えてなくなった。翌年も少しは出たが、もう前・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫