・・・そしてその動き方の方がはるかに堅実で自然であろうから。労働者はクロポトキン、マルクスのような思想家をすら必要とはしていないのだ。かえってそれらのものなしに行くことが彼らの独自性と本能力とをより完全に発揮することになるかもしれないのだ。 ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・朝、駅で売っている数種類の予想表を照らし合わせどの予想表にも太字で挙げている本命だけを、三着まで配当のある確実な複式で買うという小心な堅実主義の男が、走るのは畜生だし、乗るのは他人だし、本命といっても自分のままになるものか、もう競馬はやめた・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる有為の精神としたのである。 ともかく、彼の父は尋常の人ではなかった。やはり昔の武士で、維新の戦争にも出てひとかどの功をも立てたのである。体格は骨太の頑丈な作り、その顔は眼ジ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・意気込んだところが一つも無くて、そうして堅実だった。あんなのを、ほんものというのかも知れない。いまは朝鮮の銀行に勤めているとかいう話だが、このひとに較べたら私なんかは、まず、おっちょこちょいの軽薄才士とでもいったところかね。見給え、私がこの・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・まず自分を、自分の周囲を、不安ないように育成して、自分の小さいふるさとの、自分のまずしい身内の、堅実な一兵卒になって、努めて、それからでなければ、どんな、ささやかな野望でも、現実は、絶対に、ゆるさない。賭けてもいい。高野幸代は、失敗する。い・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッチのペーパーや活字の断片がそのままに眼につくうちはまだ改良の余地はある。 ラスキンをほう・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・現在の映画ファンの中の堅実な分子の中から総理大臣文部大臣以下各局長が輩出する時代が来て始めて私の夢は実現されるかもしれない。しかしそういう日の来ないうちに不良映画の不良教育を受けた本当の不良が天下を溺らすようにならないとは限らない。そうなら・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に看取される。「浅緑り澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」。実に立派な御心がけである。諸君、我らはこの天皇陛下を有っていながら、たとえ親殺しの非望を企てた鬼子にもせよ、何故にその十二名だけ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・教育当局が、若い女性に堅実な実務教育を希望しているのは事実であろうが、あながち十文字女史の方法を必ずしもよしとはしないのではあるまいか。 女学生の工場への動員は大阪でも行われている。二つの女学校の五年生が、このせつのしきたりにしたがって・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・こういうことは、わたしたちの常識にとっては異状に見える。堅実に、堅実に、耐乏して生産復興と云われ、勤労者はその気で生きている傍で踊子たちが宝くじのぐるぐる廻るルーレットを的に矢を射ている。しかし、きょう勤労するすべての人に企業整備の大問題が・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫