・・・要するに、作者自身の生活に感激がないから、その作品が凡庸に堕するのである。私は現実というものがそんな平凡無味なものと信じないと共に、また如何に作の形式ばかりが変ったからとてそれが直ちに現実を超越したものだとも考えない。現実主義は言い換えれば・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・まかり間違うと、鼻持ちならぬキザな虚栄の詠歎に似るおそれもあり、または、呆れるばかりに図々しい面の皮千枚張りの詭弁、または、淫祠邪教のお筆先、または、ほら吹き山師の救国政治談にさえ堕する危険無しとしない。 それらの不潔な虱と、私の胸の奥・・・ 太宰治 「父」
・・・そこでは哲学は科学に堕するのである。而してそれは単に推論的に、行為的直観的たる経験を離れるかぎり、何らの客観性をも有つこともできない。哲学は空想に過ぎない。哲学は対象なき対象の学、自証の学でなければならない。そこに科学と異なった哲学そのもの・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・しかも彼の心理観察の周密は常に描写のカリカチュアに堕するのを救う。従って彼の描写は簡素の限度だと言う事もできる。 ストリンドベルヒの頭は恐ろしくよい。ゾラの頭はきわめて平凡である。五 告白の欲望はともすれば直ちに製作衝動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・日本画家は手に合わぬものを弄んで、生命のない色と線の遊戯に堕する傾向を示している。 洋画家の自然に対する態度はとにかく謙遜である。ある者は自然の前に跪拝し、ある者は自然を恋人のごとく愛慕する。そうして常に自然から教わるという心掛けを失わ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ 大学が植木鉢に堕するか否かは、人の問題であって制度の問題ではない。大きい根を尊重することを知らない経営者の下にあっては、いかなる制度の改革も、ついに五十歩百歩に過ぎないだろう。七 教養は培養である。それが有効であるため・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫