・・・そう云う侮辱を耐え忍ぶ結果、妻のヒステリイが、益昂進する傾があるからでございます。ヒステリイが益昂進すれば、ドッペルゲンゲルの出現もあるいはより頻繁になるかも知れません。そうすれば、妻の貞操に対する世間の疑は、更に甚しくなる事でございましょ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・これを心から取り除くことはなし得なかった。これを耐え忍ぶのは、僕がこれまで見せて来た快濶の態度に対しても、実に苦痛であった。しかし、その当面の苦痛はすぐ取れた。と言うのは、青木がすぐ立ちあがって、二階の方へ行ったからであるが、立ちあがった時・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ とかすれたる声もて呻き念じ、辛じて堪え忍ぶ有様に御座候。然れども、之を以て直ちに老生の武術に於ける才能の貧困を云々するは早計にて、嘗つて誰か、ただ一日の修行にて武術の蘊奥を極め得たる。思う念力、岩をもとおすためしも有之、あたかも、太原の一・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・痛苦を堪え忍ぶ時彼はこの生が生理的偶然に過ぎないという考えを悦ぶことができるか。――この問いに「否」と答える人の多いことはわかっている。しかし「しかり」と答える人もまた多数であることは否み難い。そこで問いを新しくする。人はこの常識以上に深い・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫