・・・京都は冬は底冷えし、夏は堪えられぬくらい暑くおまけに人間が薄情で、けちで、歯がゆいくらい引っ込み思案で、陰険で、頑固で結局景色と言葉の美しさだけと言った人があるくらい京都の、ことに女の言葉は音楽的でうっとりさせられてしまう。しかし、私は京都・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処を逃げ出す。そして大きな石の下なぞに息を殺して隠れて居る。すると婆さんが捜しに来る。そして大きな石をあげて見る、――いやはや悪魔共が居るわ/\、塊り合ってわな/\ぶる/\慄えている。それをまた・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・小石に阻まれ、一しきり風に堪えていたが、ガックリ一つ転ると、また運ばれて行った。 二人の子供に一匹の犬が川上の方へ歩いて行く。犬は戻って、ちょっとその新聞紙を嗅いで見、また子供のあとへついて行った。 川のこちら岸には高い欅の樹が葉を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・とさすがの上田も感に堪えないふうでした。 それから樋口の話ばかりでなく、木村の事なども話題にのぼり、夜の十一時ごろまでおもしろく話して別れましたが、私は帰路に木村の事を思い出して、なつかしくなってたまりませんでした、どうして彼はいるだろ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・結婚生活の窮乏に堪え得られないなら、共稼ぎして、母性愛と育児とをある程度まで犠牲にしても結婚すべきである。オールドミスの職業婦人は特別な天才や、宗教的、事業的献身の場合のほかは見るも淋しく、惨めである。窮乏せる結婚生活が恋愛の墓場であるにし・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・馳せだした男が――その男は色が白かった――どうなるか、彼は、それを振りかえって見るに堪えなかった。彼はつづけて馬に鞭をあてた。 どうして、あんなに易々と人間を殺し得るのだろう! どうして、あの男が殺されなければならないのだろう! そんな・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・サア、まことの糟糠の妻たる夫思いの細君はついに堪えかねて、真正面から、「あなたは今日はどうかなさったの。」と逼って訊いた。「どうもしない。」「だって。……わたしの事?」「ナーニ。」「それならお勤先の事?」「ウウ、・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・龍介は女を失ったということより、今はその侮辱に堪えられなかった。心から泣けた。――何回も何回もお預けをしておいてしまいにあかんべい、だ! 龍介はこの事以来自分に疲れてきた。すべて自信がもてない。ものをハッキリ決めれない、なぜか、そうきめると・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・彼はそれに乗って諸方馳ずり廻るには堪えられなく成って来た。銀行へ行くことも止め、他の会社に人を訪ねることも止め、用達をそこそこに切揚げて、車はそのまま根岸の家の方へ走らせることにした。 大塚さんが彼女と一緒に成ったに就いては、その当時、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・それを知らぬ振りに取りつくろって、自分でもその夢に酔って、世と跋を合わせて行くことは、私にはだんだん堪えがたくなって来た。自分の作った人生観さえ自分で信ずることの出来ない私であるから、まして他人の立てた人生観など、そのまま受け入れることの出・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫