・・・ ――これもまだ小学校にいた時分、彼は一人母につれられて、谷中の墓地へ墓参りに行った。墓地の松や生垣の中には、辛夷の花が白らんでいる、天気の好い日曜の午過ぎだった。母は小さな墓の前に来ると、これがお父さんの御墓だと教えた。が、彼はその前・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・に加えた三人は皆この谷中の墓地の隅に、――しかも同じ石塔の下に彼等の骨を埋めている。僕はこの墓の下へ静かに僕の母の柩が下された時のことを思い出した。これは又「初ちゃん」も同じだったであろう。唯僕の父だけは、――僕は僕の父の骨が白じらと細かに・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 夫婦が行き着いたのは国道を十町も倶知安の方に来た左手の岡の上にある村の共同墓地だった。そこの上からは松川農場を一面に見渡して、ルベシベ、ニセコアンの連山も川向いの昆布岳も手に取るようだった。夏の夜の透明な空気は青み亘って、月の光が燐の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ その桃に向って、行きざまに、ふと見ると、墓地の上に、妙見宮の棟の見ゆる山へ続く森の裏は、山際から崕上を彩って――はじめて知った――一面の桜である。……人は知るまい……一面の桜である。 行くに従うて、路は、奥拡がりにぐるりと山の根を・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 青山の墓地と、谷中の墓地と所こそは変わりたれ、同一日に前後して相逝けり。 語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。 泉鏡花 「外科室」
・・・戸村家の墓地は冬青四五本を中心として六坪許りを区別けしてある。そのほどよい所の新墓が民子が永久の住家であった。葬りをしてから雨にも逢わないので、ほんの新らしいままで、力紙なども今結んだ様である。お祖母さんが先に出でて、「さア政夫さん、何・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ふたりは、町を距たった、林の下にあった寺の墓地へまいりました。墓地は雪に埋まっていましたけれど、勇ちゃんは、木に見覚えがあったので、この下にお姉さんが眠っていると教えたのでした。「先生、私はお約束を守っておあいしにまいりました。それだの・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 人々は寄り集まって、牛女の葬式を出して、墓地にうずめてやりました。そして、後に残った子供を、みんながめんどうを見て育ててやることになりました。 子供は、ここの家から、かしこの家へというふうに移り変わって、だんだん月日とともに大きく・・・ 小川未明 「牛女」
・・・…… 狭い庭の隣りが墓地になっていた。そこの今にも倒れそうになっている古板塀に縄を張って、朝顔がからましてあった。それがまた非常な勢いで蔓が延びて、先きを摘んでも摘んでもわきから/\と太いのが出て来た。そしてまたその葉が馬鹿に大きく・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それからお経が始まり、さらに式場が本堂前に移されて引導を渡され、焼香がすんですぐ裏の墓地まで、私の娘たちは造花など持たされて形ばかしの行列をつくり、そこの先祖の墓石の下に埋められた。お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫