・・・ 遺骸は有り合わせのうちでいちばんきれいなチョコレートのあき箱を選んでそれに収め、庭の奥の楓の陰に埋めて形ばかりの墓石をのせた。 玉が死んだ時は、自分が病気で弱っていたせいかなんとなく感傷的な心持ちがした。だれにもかわいがられずに生・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・科学者の全集のうちには、時のたつうちには単に墓石のようなものになってしまうのもあるが、レーリーのはおそらく永く将来までも絶えず参考されるであろう。」 「レーリーの仕事はほとんど物理学全般にわたっていて、何が専門であったかと聞かれると返答・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・野球のチャンが二人でようやく載っけることができた、仮の墓石を、深谷のヒョロヒョロな手が軽々と持ち上げた。 その石をそばへ取り除けると、彼は垣根の生け垣の間から、鍬と鋸とを取り出した。 鍬は音を立てないように、しかしめまぐるしく、まだ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・祖父の墓は、小さい木の門がついた一区画のなかにあって、大きな槇の木の下には丸い手洗いが置かれ、高い、いかめしい墓石のぐるりにも木が植っていて、いくらか庭のようだった。 けれども、祖父の墓のとなりに、墓標だけの新墓があって、墓標の左右に立・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫