・・・予はただこの自由と活動の小樽に来て、目に強烈な活動の海の色を見、耳に壮快なる活動の進行曲を聞いて、心のままに筆を動かせば満足なのである。世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・四方に聞ゆる水の音は、今の自分にはもはや壮快に聞えて来た。自分は四方を眺めながら、何とはなしに天神川の鉄橋を渡ったのである。 うず高に水を盛り上げてる天神川は、盛んに濁水を両岸に奔溢さしている。薄暗く曇った夕暮の底に、濁水の溢れ落つる白・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・――壮快じゃないか。あのむくむく煙の出てくるところは」「そのむくむくが気味が悪るいんだ」「冗談云っちゃ、いけない。あの煙の傍へ行くんだよ。そうして、あの中を覗き込むんだよ」「考えると全く余計な事だね。そうして覗き込んだ上に飛び込・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・見下せば千仭の絶壁鳥の音も聞こえず、足下に連なる山また山南濃州に向て走る、とでもいいそうなこの壮快な景色の中を、馬一匹ヒョクリヒョクリと歩んでいる、余は馬上にあって口を紫にしているなどは、実に愉快でたまらなかった。茱萸はとうとう尽きてしまっ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 橋の上に来て左右を見わたすと、幅の広い水がだぶりだぶりと風にゆさぶられて居るのが、大きな壮快な感じがする。年が年中六畳の間に立て籠って居る病人にはこれ位の広さでも実際壮大な感じがする。舟はいくつも上下して居るが、帆を張って遡って行く舟・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 石坂氏のように、さア、返事はどうだというような気持も、主観的には壮快なるものがあるかもしれない。だが、今日の文学が、過去の或る期間においては十分云い切る自信を与えられなかった作者自身のうちに在るそういう社会感情の一面を開放しつつあると・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・濤の轟きなどという壮快なのはない。虹ヶ浜へは去年のお正月行って海上の島の美しい景色を眺めました。でも大変風がきつかった。そして、さむくあった。 黒海は実に目醒めるばかり碧紺の海の色だのに、潮の匂いというものはちっともしないので、私は、あ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫