・・・ そして終には、教会の説教台に立って、幾百かの聴衆を前にして居ると同様に、手を動かし眉をあげて、いよいよ声高に云うのを見て居ると、私は何よりも先ず激しい恐怖に捕われて仕舞った。 生れて始めて斯う云う処に来た事丈でさえ異った気持にされ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 私がここへ来たばかりの時、その妙にきわだった服装の私服めいた男は、白粉やけのした年増女と、声高にこう喋っていた。「あんまり見ちゃいられねえから、手伝ってやるのよ。――あっちこっちから役人をひっぱり出して来ているんだから、まるきし何・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ したが只一人闇の中に座して己の四辺を包む闇の中にひびく責悪の声を身にしめてつくづくと己の罪を悟ゆる時声高に呼ぶのは誰の名でござる。 救うて下されと祈るのは誰の徳をしとうてでござる。 偉大なる神の御名を呼び、 高い神の御徳を・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・然し、門口の植木をられたり、御用ききに廻る中僧などと、十二三の女の子が、露骨な性的痴談を、声高にやって居るのを、いや応なく聴かされるのは、困る。―― 或土曜日。天気のよい日であった。Aが出がけに、一時頃、須田町で会って銀座を歩こうと云っ・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 彼は、立ったまま、持って来た号外を声高に読み始めた。この時初めて、私共は、前日の地震が東京からの余波であったことを知った。号外によれば、一日の十二時二分前、東京及び湘南地方に大地震があり、多くの家屋が倒壊すると同時に、四十八箇所から火・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・隣の間に鬚美しき男あり、あたりを憚らず声高に物語するを聞くに、二言三言の中に必ず県庁という。またそれがこの地のさだめかという代りに「それがこの鉱泉の憲法か」などいう癖あり。ある時はわが大学に在りしことを聞知りてか、学士博士などいう人々三文の・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・なんでも世の中の大きいもの、声高なものは、みんな遠い遠い所に離れているのでございます。海も、森も、村も、人も。日曜日になりまして、お寺の鐘が響きますと、昔の記念のような心持が致します。その日には昔からの知合の善い人達がわたくしの部屋の戸を叩・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫