・・・大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二三個の人が現われた。鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の煙は風に狂いながら流れている。 一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・殊にそのころ、モリーオ市では競馬場を植物園に拵え直すというので、その景色のいいまわりにアカシヤを植え込んだ広い地面が、切符売場や信号所の建物のついたまま、わたくしどもの役所の方へまわって来たものですから、わたくしはすぐ宿直という名前で月賦で・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・すると殆ど例外なしに訊かれた女店員は、一寸お待ち下さいと云って、売場のどこからか男の店員をつれて来るだろう。連れて来られた男の店員の方が大して女より年嵩だというのでもないことが多い。それにもかかわらず、男の店員の方は、客の問いに対して専門家・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ デパートの書籍売場などで、反物を相談するように、これがよく出ます、と云われる本を買ってゆく奥さん風のひとも多いそうだ。それらの女学生にしろ奥さんにしろ、いずれも本は読んでいるのである。もとよりずっとどっさり買って、そして読んではいるの・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ 切符売場には、既に幾条も前売切符を買うための人列がうねくっていた。切符はどちらかといえばたかい。二月十三日は私の誕生日なので、私の道伴れは奮発して平土間の第八列目を買った。 上靴の中で足が痛いほど寒かった。街はますます白く、ますま・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 目に余る贅沢 金銀の使用がとめられている時代なのにデパートの特別売場の飾窓には、金糸や銀糸をぎっしり織込んだ反物が出ていて、その最新流行品は高価だが、或る種の女のひとはその金めだろうけれどいかつい新品を身につ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・一九二八年頃、おもだった売場にある案内所が切符一枚について十五カペイキか二十カペイキの手数料をとって切符のとりつぎ販売をしていたことがある。この頃それはない。 ――割引なしか? ――なしだ。だから、行った当座は高いのに閉口して、舞台・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・もう死ぬものと覚悟したら少しは度胸が据ったので、三越の窓を見ると、売場ふだをかけてあるのがまるでころころ swing して居、番頭が、模様を気づかってだろう、窓から首を出したり引込めたりして居る、そうかと思うと、夫婦でしっかり抱きあって居る・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・だらだら坂を、もと入場券売場になっていた小さい別棟の窓口へのぼって行った。そしたら、そこはもう使われていず、窓口から内部をのぞいたら板ぎれなどが乱雑につんであった。七年ばかり前、春から夏、秋、冬と、ちょいちょい通っていた頃は、ここの窓口で特・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ みのえはそれを楽しみ亢奮して売場、売場の間を歩いた。油井が着物を買うのに、お清母娘を誘い出したのであった。「――一人で買いにいらっしゃいよ、番頭が見たててくれますよいい加減に」「そりゃそうでしょうがね、三十にもなれば大抵細君が・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫