・・・すなわち、今の土地家屋売買周旋業と云ったような商売で、口と足とさえ働かしておれば自然に懐中に金の這入って来る種類の職業であったらしい。五十近いでっぷり肥った赤ら顔でいつも脂ぎって光っていたが、今考えてみるとなかなか頭の善さそうな眼付きをして・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ されば官吏が職を勤むるの労に酬いるには月給をもってし、数をもっていえば、百の労と百の俸給とまさしく相対して、その有様はほとんど売買の主義に異ならず。この点より論ずるときは、仕官もまた営業渡世の一種なれども、俸給の他に位階勲章をあたうる・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・大名生活を競って手のこんだ粉飾と礼儀と華美をかさねたその場面が、婦女の売買される市場であったということは、封建的社会での女のありかたをしみじみと思わせる。君とねようか千石とろか、ままよ千石、君とねよと、権利ずくな大名の恋をはねつけ、町人世界・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・新経済政策は、農民には場合によって八時間以上の労働と、土地の貸借、他人の労力の雇傭、生産品の自由売買其他を許した。反動的な農民は、当時ソレ見ろとばかり心で手を打った。富農は土地の賃貸をはじめ――再び富農に搾取される小作人がソヴェトの耕地に現・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その直接間接の売買は、現在の経済の組立ての中では金銭上の富を意味している。どんな樹木の山はいい価で利益もある。というなら同じ卑俗さにしろわかりもするが、その現実はふせて、炭の空俵一俵でどれだけ米を炊くことが出来るかというようなところから、物・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・ 何でも物が、あまり端的な売買関係にあると、全く人間的感興の欠けたものとなって仕舞う通り、「家」と云うものに対する我々の心持も、あまり、コムマアシャリズムに堕したくないものと思います。 家を建てさせる丈の金はある。さあ、と云って、商・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・町人文学と劇、浮世絵は、封建の身分制から政治的に解放され得なかった人間性が、金の前には身分なしの人身売買の世界で悲しくも主張されたわけでした。婦女奴隷の上に悲しくも粉飾された町人の自由と人間性との表示でした。 明治四十年代の荷風のデカダ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・にするために、植民地の奴隷売買者のように、あらゆる方法で人民を無力にし、抑圧しようとする政策にたいしてわたしたちは従順であり得ない。 平和を護り、民族の独立を支持する世界の良心ある人々は、日本の人民の正義ある抗議を注目しているのである。・・・ 宮本百合子 「日本は誰のものか」
・・・ 真面目に働いても利口に立ちまわれないから、女房のお石が桑の売買、麦俵のかけ引きをする。彼女がするようにさせて、一口の小言も云わないので、お石は大抵の場合彼の存在を念頭に置かない。たまに、彼女の口から、「とっさん」という言葉が洩・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・――わたしたちがくれぐれも忘れてならないことは、そのアフリカの奴隷市、奴隷港でも、黒人奴隷売買の親方は同じ黒人の酋長や金持であったという事実である。 日本人民の運命には重大な危険がかくされている。それを念頭において今日の政治を観察し・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫