・・・句意も、良雄が今感じている満足と変りはない。「やはり本意を遂げたと云う、気のゆるみがあるのでございましょう。」「さようさ。それもありましょう。」 忠左衛門は、手もとの煙管をとり上げて、つつましく一服の煙を味った。煙は、早春の午後・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 変わったといえば家の焼けあとの変わりようもひどいものだった。黒こげの材木が、積み木をひっくり返したように重なりあって、そこからけむりがくさいにおいといっしょにやって来た。そこいらが広くなって、なんだかそれを見るとおかあさんじゃないけれ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・その顔色はいかにしけん、にわかに少しく変わりたり。 さてはいかなる医学士も、驚破という場合に望みては、さすがに懸念のなからんやと、予は同情を表したりき。 看護婦は医学士の旨を領してのち、かの腰元に立ち向かいて、「もう、なんですか・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・十町ばかり一目に見渡す青田のたんぼの中を、まっすぐに通った県道、その取付きの一構え、わが生家の森の木間から変わりなき家倉の屋根が見えて心も落ちついた。 秋近き空の色、照りつける三時過ぎの強き日光、すこぶるあついけれども、空気はおのずから・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・さよ子は例の窓のところにきて、石の上に立ってのぞきますと、へやのようすにすこしも変わりがなかったけれど、大きなテーブルのそばのベッドの上には、年老った娘らの父親が横たわっていました。三人の娘らは、当時のように笑いもせずに、いずれも心配そうな・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 女は二十二三でもあろうか、目鼻立ちのパラリとした、色の白い愛嬌のある円顔、髪を太輪の銀杏返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子と変り八反の昼夜帯、米琉の羽織を少し抜き衣紋に被っている。 男はキュウと盃を干して、「さあお光・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・と訊くから、何しろこんな、出水で到底渡れないから、こうして来たのだといいながら、ふと後を振返って見ると、出水どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・大阪弁には変りはないのだが、文章が違うように、それぞれ他の人とは違って大阪弁を書いているのである。つまりそれだけ大阪弁は書きにくいということになるわけだが、同時にそれは大阪弁の変化の多さや、奥行きの深さ、間口の広さを証明していることになるの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・自動車をやっているので、長兄自身大型の乗合を運転して、昔のままの狭い通りや、空濠の土手の上を通ったりして、何十年にも変りのない片側が寺ばかしの陰気な町の菩提寺へと乗りつけた。伯母はもう一汽車前の汽車で来ていて、茶の間で和尚さんと茶を飲んでい・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫