・・・ ◇ 滝田君の訃に接したのは、十月二十七日の夕刻である。僕は室生犀生君と一しょに滝田君の家へ悔みに行った。滝田君は庭に面した座敷に北を枕に横たわっていた。死顔は前に会った時より昔の滝田君に近いものだった。僕はそのことを・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・ 折返して直ぐ返事を出し、それから五、六日して或る夕刻、再び花園町を訪問した。すると生憎運動に出られたというので、仕方がなしに門を出ようとすると、入れ違いに門を入ろうとして帰り掛ける私を見て、垣に寄添って躊躇している着流しの二人連れがあ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 今日も夕刻から神楽坂へ廻って、紙屋の店で暮の街の往来を眺めていた。店の出入りは忙しそうであったが、主人は相変らず落着いて相手になっていた。兵隊が幾組も通る。「兵隊も呑気でいいなあ」と竹村君が云うと「あなた方も気楽でしょう」といってにや・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ それからむだ話をしているうちに、じきに夕刻になった。道太は辰之助が来てから何か食べに行こうと思って待っていると、やがて彼はやってきた。そして三人そろって外へ出た。おひろだけはお化粧中だったので、少し遅れてきた。四 道太・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・と、善吉は懐裡の紙入れを火鉢の縁に置き、「お前さんに笑われるかも知れないが、私しゃね、何だか去るのが否になッたから、今日は夕刻まで遊ばせておいて下さいな。紙入れに五円ばかり入ッている。それが私しの今の身性残らずなんだ。昨夜の勘定を済まして、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・花盛りの休日、向島の雑鬧は思いやられるので、母の上は考えて見ると心配にならんでもなかったが、夕刻には恙なく帰られたので、予は嬉しくて堪らなかった。たらちねの花見の留守や時計見る 内の者の遊山も二年越しに出来たので、予に取っても病苦の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・それでも昼の間は、誰も気付かずやっと夕刻、私が顔を見ようと出て行きましたらこのていたらくでございまする。」「うん。尤じゃ。なれども他人は恨むものではないぞよ。みな自らがもとなのじゃ。恨みの心は修羅となる。かけても他人は恨むでない。」・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ すると給仕はてかてかの髪をちょっと撫でて、「はい、誠にお気の毒でございますが、当地方には、毒蛾がひどく発生して居りまして、夕刻からは窓をあけられませんのでございます。只今、扇風機を運んで参ります。」と云ったのでした。 なるほど・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・働かされ、又働き、そしてその働きによってこそ、疲れて夕刻に戻る家路を保って来ていたのではなかったろうか。 良人を、兄を、父を、戦争で奪われた日本の数百万の婦人は、身をもってこの事情を知りつくしている筈だと思う。 戦争のない日本を創り・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 元日、急に夕刻になって思い立って、健坊づれ私といねちゃんと三人で国府津へ出かけました。汽車の都合がわるくてあちらについたのは一時頃でした。今あの往還は海浜のプロムナード国道になるので幅をひろくし、コンクリートにする下拵えですっかり掘り・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫