・・・三把稲というのは其方向から雷鳴を聞くと稲三把刈る間に夕立になるといわれて居るのである。雲は太く且つ広く空を掩うて一直線に進んで来る。閃光を放ちながら雷鳴が殷々として遠く聞こえはじめた。東南の空際にも柱の如き雲が相応じて立った。文造は此の気象・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・五月雨の大井越えたるかしこさよ五月雨や大河を前に家二軒五月雨の堀たのもしき砦かな 夕立の句は芭蕉になし。蕪村にも二、三句あるのみなれども、雄壮当るべからざるの勢いあり。夕立や門脇殿の人だまり夕立や草葉をつ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ところが何せ、器械はひどく廻っていて、籾は夕立か霰のように、パチパチ象にあたるのだ。象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。 オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・と思うと、まるで山つなみのような音がして、一ぺんに夕立がやって来ました。風までひゅうひゅう吹きだしました。 淵の水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまいました。 みんなは河原から着物をかかえて、ねむ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・と思うと、まるで山つなみのような音がして、一ぺんに夕立がやってきた。風までひゅうひゅう吹きだした。淵の水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまった。河原にあがった子どもらは、着物をかかえて、みんなねむの木の下・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・三月 十八日 夕立の来そうな霧の濃い不思議な日、自分は興奮してAと一緒に出かける。今井へ行き、都で食事をし、east side に出かける、古本を見に。 二十一日 少し曇り気味の風の吹く日。ミス コーフィールドに電話で歎願して、パ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・軽舟に棹さして悠暢に別荘への往復をするのだが、楓樹の多いこの庭が、ついた日の暮方夕立に濡れて何ともいえない風情であった。植込まれた楓が、さびてこそおれ、その細そりした九州の楓だから座敷に坐って、蟹が這い出した飛石、苔むした根がたからずっと数・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・真夏の夕立の後の虹、これは生活の虹と云いたい光景だ。 由子は、独りで奥の広間にいた。開け放した縁側から、遠くの山々や、山々の上の空の雲が輝いているのまで一眸に眺められた。静かな、闊やかな、充実した自然がかっちり日本的な木枠に嵌められて由・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・「むしむしすると思ったら、とうとう夕立が来ましたな。」「そうですね」と云って、晴々とした不断の顔を右へ向けた。 山田はその顔を見て、急に思い附いたらしい様子で、小声になって云った。「君はぐんぐん為事を捗らせるが、どうもはたで・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・途中でひどい夕立に逢って困った事もある。 病人は恐ろしい大量の Chloral を飲んで平気でいて、とうとう全快してしまった。 生理的腫瘍。秋の末で、南向きの広間の前の庭に、木葉が掃いても掃いても溜まる頃であった。丁度土曜日なので、・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫