・・・ずるずるべったりに放って置いて、やがて市内で会合のある時など早くから外出した序でに、銀行へ廻る。がもうその時は、小切手の有効期間が切れている。振出人に送り戻して、新しい小切手を切ってもらうのがまた面倒くさい。「そんなわけで、大した金額で・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・その時も姉は外出していた。 はあ、出て行ったな。と寝床の中で思っていると、しばらくして変な声がしたので、あっと思ったまま、ひかれるように大病人が起きて出た。川はすぐ近くだった。見ると、お祖母さんが変な顔をして、「勝子が」と言ったのだが、・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・彼は袴も脱がぬ外出姿のまま凝然と部屋に坐っていた。 突然匕首のような悲しみが彼に触れた。次から次へ愛するものを失っていった母の、ときどきするとぼけたような表情を思い浮かべると、彼は静かに泣きはじめた。 夕餉をしたために階下へ下りる頃・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・大きな声で『大丈夫、それにあの人は大酒を飲むの何のと乱暴はしないし』と受け合い、鬢の乱を、うるさそうにかきあげしその櫛は吉次の置土産、あの朝お絹お常の手に入りたるを、お常は神のお授けと喜び上等ゆえ外出行きにすると用箪笥の奥にしまい込み、・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 驚くまいことか、これがお政が外出の唯た一本の帯、升屋の老人が特に祝わってくれた品である。何故これが此所に隠してあるのだろう。 自分の寝静まるのを待って、お政はひそかに箪笥からこの帯を引出し、明朝早くこれを質屋に持込んで母への金を作・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そして一人の子どもの哺乳や、添寝や、夜泣きや、おしっこの始末や、おしめの洗濯でさえも実に睡眠不足と過労とになりがちなものであるのに、一日外で労働して疲労して帰って、翌日はまた託児所にあずけて外出するというようなことで、果して母らしい愛育がで・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・夏の外出には、ハンケチ三枚と、扇子、あたしは、いちどだってそれを忘れたことがない。 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ困るね。不愉快だ。 ――おそれいります。ほら、ハンケチ、あげるわよ。 ――ありがとう。借りて置きます。 ――・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 兄は、けれども少しも笑わずに顔をそむけ、立ち上ってドテラを脱ぎ、ひとりで外出の仕度をはじめた。「街へ出て見よう。」「はあ。」ずるい弟は、しんから嬉しかった。 街は、暮れかけていた。兄は、自動車の窓から、街の奉祝の有様を、む・・・ 太宰治 「一燈」
・・・娘たちはこの学校へいれられたが最後みんなおそろいの棒縞の制服を着せられて五か月たつまでは一回の外出も許されずに、厳重な舎監のいわゆるプロイセン的な規律のもとに教育を受けなければならないのである。プロイセン軍国的訓練のために生徒たちは「特にお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・それが今、中年を過ぎた生涯の午後に、いつなおるかわからない頑固な胃病に苦しんでいる彼の心持ちは、だいぶちがったものであった……のみならず今度の病気は彼の外出を禁じてしまったので前の病気の時のように、自由に戸外の空気に触れて心を紛らす事ができ・・・ 寺田寅彦 「球根」
出典:青空文庫