・・・当時の文学革新は恰も等外官史の羽織袴を脱がして洋服に着更えさせたようなもので、外観だけは高等官吏に似寄って来たが、依然として月給は上らずに社会から矢張り小使同様に見られていたのである。 坪内氏が相当に尊敬せられていたのは文学士であったか・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ これを見るものは、誰しも、大都会に対して、その偉なる外観に歎賞の声を発せぬものはなかろうと思います。しかし、私は、この時、すぐに、次のような疑いの生ずるのを何うすることもできない。「何が、こんなに忙しいのか。こんなに忙しそうに、みんな・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙かにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今もなお熱心に――厚紙でサンドウィッチのように挾んだうえから一思い・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ 勿論、彼等は、もう、白布の袋の外観によって、内容を判断し得るほど、慰問袋には馴れていた。彼等は、あまりにふくらんだ、あまりに嵩ばったやつを好まなかった。そういう嵩ばったやつには、仕様もないものがつめこまれているのにきまっていた。 ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ほんの外観に於ける習癖に過ぎない。気の弱い、情に溺れ易い、好紳士に限って、とかく、太くたくましいステッキを振りまわして歩きたがるのと同断である。大隅君は、野蛮な人ではない。厳父は朝鮮の、某大学の教授である。ハイカラな家庭のようである。大隅君・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ この時代の彼の外観には何らの鋭い天才の閃きは見えなかった。ものを云う事を覚えるのが普通より遅く、そのために両親が心配したくらいで、大きくなってもやはり口重であった。八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 札幌の普通の住家は室内は綺麗でも外観が身萎らしい。土ほこりを浴びた板壁の板がひどく狂って反りかえっているのが多い。 有名な狸小路では到る処投売りの立札が立っていた。三越支店の食堂は満員であった。 月寒の牧場へ行ったら、羊がみん・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・元来この種の問題の論議は勢い抽象的に傾くが故に、外観上往々形而上的の空論と混同さるる虞あり。科学者にしてかくのごとき問題に容喙する者は、その本分を忘れて邪路に陥る者として非難さるる事あり。しかれども実際は科学者が科学の領域を踏み外す危険を防・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・つまりランプの外観だけを備えた玩具か標本に過ぎない。 ランプの心は一把でなくては売らないというので、一把百何十本買って来た。おそらく生涯使っても使いきれまい。自分の宅でこれだけ充実した未来への準備は外にはないだろうと思っている。しかしラ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・器械全体の大きさに対してなんとなく均衡を失して醜い不安な外観を呈するものである。一寸法師が尨大なメガフォーンをさしあげてどなっているような感じがある。これが菊咲き朝顔のように彩色されたのなどになるといっそう恐ろしい物に見えるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫