私の家は代々薩摩の国に住んでいたので、父は他の血を混えない純粋の薩摩人と言ってよい。私の眼から見ると、父の性格は非常に真正直な、また細心なある意味の執拗な性質をもっていた。そして外面的にはずいぶん冷淡に見える場合がないでは・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・ 正直と善良とがあれば、物静かな村の生活でも、虚偽と浮薄が風をなす、物質的文明で飾られた大都会の生活よりは、遙に貴いと確信される如く、悪人がいかに外面に美しく飾っても、畢竟、善い人間とはならないようなものであります。 地上に生れて来・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・これは、比較的外面の事実であるが、なほ、焦眉の応策を要するものに、思想問題がありました。一歩内面的なる、思想、人格、教化の如きに至っては、いかに強権の力でも、容易に左右することはできないのであります。 思うに、このことは、たゞ児童等・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・しかし空想は、想像となり、想像は、思想にまで進展し、やがて、それは内部的な一切の衝動のあらわれとなって、外面に向って迫撃する。これは、外的条件が、内的の力を決定するのでない。 こゝに、自由の生む、形態の面白さがあり、押えることのできない・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・文芸ばかりでなく、絵画に於てもそうであるが、たゞその形とか色とか、乃至は題材とか技巧とか、そういった外面的のものにはそれ自身に本当の感激を与える力はないものだ。我々が本当の感激をうけるのは、それらのものゝ背後に潜んでいる、作者自身の精神によ・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・喬は朝靄のなかに明けて行く水みずしい外面を、半分覚めた頭に描いていた。頭を挙げると朝の空気のなかに光の薄れた電燈が、睡っている女の顔を照していた。 花売りの声が戸口に聞こえたときも彼は眼を覚ました。新鮮な声、と思った。榊の葉やいろいろの・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・戸の木肌はあらわに外面に向かって曝されていた。――ある感動で堯はそこに彳んだ。傍らには彼の棲んでいる部屋がある。堯はそれをこれまでついぞ眺めたことのない新しい感情で眺めはじめた。 電燈も来ないのに早や戸じまりをした一軒の家の二階――戸の・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・受付の十蔵、卓に臂を置き煙草吹かしつつ外面をながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よりは煙ゆるやかに出でたり。軽く礼して、わが渡す外套を受け取り、太くしわがれし声にて、今宮本ぬしの演説ありと言いぬ。耳をそばだつるまで・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているので・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「モシできる事なら、大理石の塊のまん中に、半人半獣の二人がかみ合っているところを彫ってみたい、塊の外面にそのからみ合った手を現わして。という次第は、彼ら争闘を続けている限りは、その自由をうる時がない、すなわち幽閉である。封じかつ縛せられ・・・ 国木田独歩 「号外」
出典:青空文庫